長谷川 貴一 - Kiichi Hasegawa

【名前】長谷川 貴一

【生年月日】1988年06月20日

【出身地】広島県広島市

【会社】R.S.V.P Inc. / Mebius pharmaceutical Inc.

【MBTI】エンターテイナー - ESFP

CEO INTERVIEW - Mebius Pharmaceutical

- 今のお仕事について教えてください


メビウス製薬という化粧品の通販会社で、主に顧客体験の向上と、それに伴う企業のグロス成長に向けて動いています。あとは、グループ全体の採用・人事も担当していますね。


メビウス製薬はインスタイルグループがM&Aをしてジョインしていて、僕が肩書上は社長という形で入っています。ただ僕一人では至らない部分も多いので、グループの仲間何人かも同じ立ち位置で一緒にスタートしました。



- 化粧品はもともとやっていたんですか


やってなかったですね。僕はもともと、モバイルの会社で仕事をしていて。そこはサブスクリプション・月額課金のビジネスモデルだったので、そういったこと自体はやったことがあって。まずひでさんの考えを浸透させることと、元々管轄をしていたことがあるCS部署から改善していこうというのがあって、そこからスタートしています。



- インスタグループに入った経緯を教えてください


僕がモバイルの会社にいた時に、ひでさんがコンサルとして入ってきました。その時に、ファンクラブとモバイルをコラボさせたサービスを出すというものがあって、そこに誰かアサインしようというところで僕が入ったのが最初の出会いですね。


第一印象は正直、分からないというか。なんか怖そうだし、チャラチャラしてそうだし…「怖い人だ!!」からスタートでした 笑



- そこから今に至るまで、どういう流れだったんですか


ひでさんと出会って、ファンクラブのモバイル事業のオペレーション全般を担当しました。そこでめちゃめちゃ怒られながら、仕事のいろはを教えてもらいました。最初は発言しても2秒で却下されたりしてたので、第一印象通りではあります 笑


もともと僕が若い頃から「社長になりたい」っていう夢をひでさんに話してて、そのタイミングでひでさんから「30〜50人規模の会社だったら持てそうじゃん」みたいな話をもらって、嬉しいなと思ってたら「会社作ったんで今日から社長だよ」みたいな感じでスタートしました。それが一社目、R.S.V.P.という会社です。


モバイル事業とコールセンターを両立して運営していく中で、2022年にメビウス製薬がインスタイルグループにジョインして。だいぶ整ったタイミングで僕も参画したというか、抜擢されたという流れですね。

本当に僕一人では足りない部分も多いので、いろんな人に手伝ってもらいながらやっています。



- 大変だったエピソードを教えてください


なんか器用貧乏というか、「なんかできてるつもり」がずっとあったんですよね。実際に仕事のプロのやり方を目の前にして、自分ってできてなかったんだなと気づくのに時間がかかりました。


わかりやすい例でいうと、僕のせいで2億ぐらい損してると思います。当時、お客さんからお金を取らなきゃいけないのに取っていないオペレーションになってしまっていて。ひでさんはそれを僕の成長への投資として笑ってくれましたけど。



- モバイルの会社に入った経緯は


新卒で入った会社を退職後、次どうしようと考えていた時に、モバイル事業の業務委託の方から「新しい立ち上げの会社があるけど一緒にやらないか」と声をかけてもらったのがスタートです。

その会社の社員としては僕が一番最初で、社長が一人。あとは業務委託の方たちがいるという状態でしたね。


その前にいた営業会社がたまげるほどブラックで。数字がなければ席に座れないし、数字がない人は夜中2〜3時まで雀荘とかに営業に出るみたいなことをやっていて。1年やってみて休みも無いので、流石にしんどくて。そこを辞めて、次の会社がモバイルだったという流れです。



- 大学時代はどういう感じでしたか


学部は経済学なんですけど、バイトして合コンしてフットサルしてみたいな…アホ学生丸出しの典型例だと思います 笑

このままじゃやべぇと思って、ワーキングホリデーでオーストラリアに行きました。結局そこでも遊んじゃって、ポーカーしかしてないんですけど 笑


なぜオーストラリアかというと、正直「暖かそうだから」がリアルな理由で…

ただ、将来ビッグになるんだ!というアホな思いと気持ちはずっとあったので、何かしとかなやべぇよなという気持ちもありましたね。

オーストラリアではクルーズアテンダント兼日本語通訳をやりました。そこの制服を着てると公共交通機関が無料になったり、グレートバリアリーフやホワイトヘブンビーチに行けるので、単純にカッコイイと思ってやってました。


でも実際は、面接に落ちてチャイニーズレストランで働いてるときに、地元のポーカー仲間がそこの人事を紹介してくることになって、採用してもらいました。だから結局、ポーカーのおかげですね 笑



- 幼少期はどんな子供でしたか


長崎で生まれて広島で育って、大学は神戸と徐々に上に上がっていってる感じです 笑

家族は親父とおかんと妹が一人。親父が広島だったので、広島で育ちました。幼稚園から高校までアイスホッケー、大学までサッカーと、ずっとチームスポーツをやってきました。

チームスポーツばかりやっていたので、それぞれのポジションに役割があってオーバーラップが当たり前の環境だったのは、仕事に対する考え方にたまたまハマったなと思っています。



- 採用・人事で大事にしていることは


「その人がやりたいことが、うちでできるんだっけ?」というは大事にしていることです。そのほうが本人のやりたいことなので、自分で考えて動くようになるし、自然と成長していくと思っています。


あとは、ひでさんが大切にしている「素直で、思考停止しない、いいやつ」というところを、僕も軸にして面接しています。

感謝を前提に物事を考えられる人か。周りのおかげをちゃんと理解できる人か。あとは、自分で決めたことに覚悟を持てる人か。そういうのって、面接っぽい質問じゃなくても会話の中に出るので大事にしてます。


迷ったら「一緒に働きたいか」「好きか嫌いか」で決めていて、好きだなと思えたら自然と力になりたい、守りたいと思えるので、最終的にはそこに辿り着くようにしてますね。



- 西村さんと一緒にやってきてよかったと思う点は


家族以外で愛を知ったというか。

全てに対して愛を持って接している大人っているんだなというのを尊敬しているし、かっこいいなと思っているし、そういう大人になりたいなと思っています。なのでこれからも、ちゃんと貢献を通して一緒にいたいですね。


あとは、僕が受け取れる粒度で怒ってくれる。本当に僕にとって必要だと思って指導してくれる人って、他にはなかなかいない。

そんなひでさんの姿を近くで見てるので、今度は僕がちゃんと他の社員にもやってあげたいと思います。



- 今後どうなっていきたいですか


社長になったとしても与えてもらうことが多かったな、と感じていて。与える側の人間になりたいというのはずっとあります。何をと言われると難しいんですけど、何か与えている側にいたい、というのが今後やっていきたいことですね。