絹川 麗 - Rei Kinukawa

【名前】絹川 麗

【誕生日】1983年10月15日

【出身地】神奈川県川崎市

【所属会社/ 部署】KANCH

【MBTI】運動家 - ENFP

「誰かの世話になるくらいなら、辞めてしまおう」と思っていたフリーランサーがINSTYLE GROUPにグループイン。姉妹で支え合いながら、六本木グランドタワーに店舗をオープンするに至るまで

INSTYLE GROUP 広報のやまだです!


INSTYLE GROUP は経営コンサルティングを中心に、投資、不動産、建築、飲食、アパレル、エンターテイメント、IT、デザイン、コンテンツ、通信業などなど…、多業種の企業で構成されている企業体です。会社が多いので、もちろん社長もたくさんいます!

そんなINSTYLE GROUPの社長陣に、毎回、様々なお話を聞いて回っています。



第七回目は、かなさん、麗さんにインタビューを行います。


かなさんは、サブスクリプション制のオフィス向け宅配弁当サービスや、六本木一丁目駅直結のごはん処『おふぃすごはん きぬ川』を運営する、株式会社KANCHの代表取締役。

お姉さんである麗さんは、執行役員として妹のかなさんを支えています。


かなさんはもともと個人事業主として、キッチンカー事業を行っていましたが、2020年11月に株式会社KANCHとして法人化し、INSTYLE GROUPへ加入いたしました。



そんな『おふぃすごはん きぬ川』を姉妹で運営するお二人に、グループインするまでのお話と、これからの展望など、様々なことを伺ってきました!

写真左 絹川 麗(きぬかわ れい)

5つ上の姉。

19歳から六本木のイタリアンレストランで修行を積み、その後は女優業の傍ら様々な飲食店で調理担当として従事。おふぃすごはん きぬ川が展開する全てのメニュー開発、レシピ考案、調理を担当する。

2020年に妹とともにINSTYLE GROUPにジョイン。

食べさせる事と、妹を笑顔にする事が大好き


写真右 山本 愛(やまもと かな)

5つ下の妹。“株式会社 KANCH”代表

20歳でキッチンカーの世界に飛び込み、クレープ屋・唐揚げ専門店を経て韓国料理を中心に行列のできるキッチンカーとして数多くのイベント、大規模野外音楽フェスに出店。ニーズに合わせたメニューのプロデュースも行う。

2020年、姉とともに株式会社KANCHを立ち上げ、INSTYLE GROUPにジョイン。

食べる事と人を笑顔にする事が大好き

がむしゃらに働いたフリーランス時代

やまだ:もともとは、かなさんが個人事業主として運営していたキッチンカーが始まりと聞いています。

最初は何屋さんをされていたんですか?


かなさん:20歳のとき、クレープ屋が最初の飲食業でした。


とある事情でキッチンカーも調理器具も手放すことになり、残ったのは非鉄金属商を営んでいた父から譲り受けた拾った大きな鉄板だけ、ほぼ0の状態から再スタートを切りました。


唯一残った鉄板で露店でも良いから飲食店をやろうと思って、営業許可書を取り、個人事業主として再スタートしたのが、株式会社KANCHの前身ですね。


再スタート後は、出店できるところは全部出店しました。

イベント制作会社とも繋がって、とにかくガムシャラに、なんでも仕事をしましたね。

ある程度お金を貯めて、意を決して新しくキッチンカーも購入し、フェスの出店管理なども経験したり、地元のお祭りに出店して、近所の子供たちが毎回遊びに来てくれたり…


やまだ:素敵ですね…!


かなさん:イベント業はとても楽しくて、大好きでした!

かなさん:キッチンカーを始めてしばらくして、だんだん忙しくなってきたので初めてアルバイトの子を雇ったのですが、突然出勤しなくなってしまって…

出店予定をバンバン詰めていて、人手がいないと回らなかったので別の方を雇おうかと思ったのですが、他人を雇うことに少し抵抗があって。


やまだ:どうしてでしょうか?


かなさん:当時は築99年の祖母のお家をDIYして、セントラルキッチンとして使用していたんですが、そのお家には父が住んでいたんです。

調理場と居住スペースは一応区切っていたんですが、お手洗いとかはさすがに分けきれなくて…


父とアルバイトの子が家の中でバッタリ会って、その度にお互い気まずそうにしている、みたいなことが結構ありました。

他人を雇うことに抵抗があったのは、父にも、アルバイトの子にも気を遣わせたくなかったのが理由ですね。


そんな折、調理師の資格を持っている姉に相談したところ「ずっと頑張っているの応援しているから、無給でいい」と、手伝いにきてくれるようになったんです。


麗さん:私なら身内だし、父にも気を遣わなくて良いしね。実家のようなものでしたので


やまだ:なるほど。


かなさん:「無給はさすがに…」と思ったんですが、姉も経営が厳しいことを知っていたので、最初のうちは本当に無給で手伝ってくれて。

そのうち、野菜や備品など、現物支給になっていきました。


だんだん私が仕事をとってきて、姉が父の面倒も見ながら下ごしらえをする、っていうルーティンが出来てきて、イベント業で積み上げてきた人脈もあり、大きな仕事も任されるようになってきて。


だけど、雨が降ったり台風が来れば、もちろん出店は出来ず、収入はゼロ。

「若いねえちゃんだから」「個人経営だから」と、つけこまれてしまうことも多かったです。


どんぶり勘定の経営も相まって、いつしかアルバイトをしながらの自転車操業、気付けば風呂無しアパートの生活になってしまっていました…


やまだ:そんなにギリギリの状態だったんですね…!

グループ代表 西村との出会い

かなさん:で、さすがに限界を感じて、キッチンカー事業を諦めて辞めようと思っていたときに、姉の知り合いからコンサルタントの方を紹介していただけるというお話が来まして。

それがヒデさん(グループ代表 西村)との出会いのキッカケですね。


麗さん:とても長い付き合いで、すごく信頼している方からの紹介だったし、その紹介してくれた方は、かなも会ったことのある方だったので「一度会いに行こう」と言ったんですが、かなは断固拒否で…笑


ひとまず私が、紹介してくださる方と一緒に会いにいきました。


先に、妹から今後どうしていきたいのかを聞いて「今、自分たちがどんな事業をやっているのか」「将来は〇〇駅で、姉と当時の従業員と3人で韓国料理屋をやりたい」という内容を資料にまとめて持っていって。


資料を見たヒデさんは、将来お店を出したいと言った駅の乗降者数をスマホで調べて


「〇〇駅の乗降者数がこの人数。

この中の何%が外食をしようと考えて、そのうちの何人が韓国料理の気分だと思う?」


と、分かりやすくお話をしてくださいました。


かなさん:で、帰ってきた姉から


「こういうことを話したよ」

「今度一緒に会いに行くよ」


って話をされたんですが、私はまた


「誰にも雇われたくないから個人事業主をやってるんだ!」

「他の人のお世話になんかなるもんか!」


って、頑なに拒否をして 笑


やまだ:ここでも断固拒否だったんですね 笑


かなさん:けど、姉に


「本当に安心して、大丈夫だから」

「失敗しないとは言わないけれど、安心して働ける環境に出来るかもしれないんだから」


って諭されて、渋々ついていきました。


麗さん:「いいから俺についてこい」ってスタンスで、連れていきましたね 笑


かなさん:そんな流れで私もヒデさんとお会いすることになるんですが、初対面のときは本当に警戒心剥き出しで、かなり酷い顔をしていたと思います…笑


やまだ:そんなにすごい顔を…笑


かなさん:イベント業をやっていたとき、中途半端に責任を押し付けて飛んだり、うさんくさい大人に出会うことも多かったので「コンサルタントを紹介してくれる」ってお話をいただいた時、どうしても怪しい人なんじゃないかって思い込んでしまっていて。


けど、初めてお会いしたヒデさんは、思っていたよりも若くて、思っていたよりも怪しくなかったんですよね。


西村「将来はどうしたいの?」

かなさん「〇〇駅じゃなくて、△△駅で韓国料理屋に変えました。」

西村「うん、変えたところでね…」


みたいな話をしていたんですが、初対面かつ、年齢も若い私の話をずっと優しく聞いてくれて。

『なんでこんなに、親身に話を聞いてくれるんだろう?』って思いながら話していました。


かなさん:ひとしきり私の話を聞いてくれた後にヒデさんが、ゆっくりと


「いつか〇〇駅で韓国料理屋をやりたいのなら、このくらいの規模で、このくらいの経費がかかるよ。

そのためにあげなければいけない利益は、このくらい。

MAXであげられる月商はこのくらい。MAXの月商、これでいいの?」


と話し始めて。


西村「ちなみに今のキッチンで、どのくらいの御飯が炊ける?」

かなさん「何升です。」

西村「ってことは、どのくらいの時間で何食分作れる?」

かなさん「お米を炊くのにだいたい1時間くらいかかるから、1時間で何食です。」

西村「そうだね。じゃあおかずはどのくらい作れる?」

かなさん「このくらいです」

西村「じゃあ、何食分作れるね」


って、丁寧に丁寧に教えてくれて。

ただの体裁で持っていっていたメモ帳が、気付けばびっしり埋まっていました。


麗さん:最初はひどい態度で座っていた妹が、いつの間にか前のめりになって、たくさんメモを取っていましたね。

1時間のアポイントのはずが、気付けば3時間とか経っていて。


かなさん:計算しているうちに楽しくなってきちゃって 笑


大事なことを見ないふりをしながら続けていた事業を「上手くいかなかったら、バイトして稼げばいいや」と思っていた自分に『今できること』は何なのか、本当に本当に至極丁寧に教えてくださいました。


ヒデさんに「じゃあまたね」と送り出してもらって「楽しかったな…コンサルタントって凄い仕事なんだ…」と頭を殴られるほどの衝撃を感じながら、その日は帰ったのですが、帰宅途中に初めて姉から『ヒデさんは、本当は時給100万円のコンサルタントなんだよ』と聞きました。


続けて、


「改めて、一緒にやっていかない?責任は私が持つし、かながやりたくないことは絶対にさせない。」

「今やめるのはもったいないよ。大丈夫、麗ちゃんがついてる。味方は沢山いるんだよ」


って言われたことを覚えています。

株式会社KANCH誕生

かなさん:ヒデさんには、初めてのアポイントのあとも、2〜3回お時間をいただいて、私たちが出来ることをとことん寄り添って考えてもらって、最終的に出た答えは


【今の事業を続けながら、INSTYLE GROUPのお弁当を作ること】

【まずは法人化して、2人ともアルバイトをせずにお給料を生むこと。】


でした。


やまだ:それが『おふぃすごはん きぬ川』に繋がっていくんですね!


かなさん:はい。


基本的には、私たちが出来ることの中からやりたいことを選択していくかたちで決めていって、ヒデさんからの提案は、個人事業主時代の屋号だった『KANCHI(かんち)』『I』を抜くことだけでした。


やまだ:屋号は、なぜ変えたんですか?


麗さん:画数的に『I』を取った方が良かったみたいです。


「ぶっちゃけどっちでもいいんだけどね 笑」って、優しい笑顔で笑いながら提案してくれました。


かなさん:そこからKANCH法人化まで半年間くらい、トライアル期間みたいな感じで少しずつ準備をしていきました。


私は引き続き、キッチンカーの方をメインで、のちに『おふぃすごはん きぬ川』になるお弁当事業は、姉がメインで準備を進めてくれました。


やまだ:ちなみにKANCHの代表を麗さんではなく、かなさんにしたのはなぜですか?


麗さん:姉の私が代表になってしまうと上下関係が確固たるものになってしまうかなって思ったことと、かなに責任感を持ってほしかったっていうことも大きい理由ですね。


やまだ:なるほど。


かなさん:そんな理由で私が代表になったんですが、私のスタンスはまだ変わりきれていなくて。


やれ御飯の炊き方だ、盛り付けの仕方だ、キッチンカーとセントラルキッチンを掃除しろだ…

仕事中のことから、口の利き方やプライベートの過ごし方まで、口うるさく言ってくる姉に対して


「ちゃんと一緒にやっていけるのかな。」

「私の為だとか言ってるけど、ほんとにそんなことあるのかな」


って思いながら、仕事をしていましたね。

今考えたら、本当に私のことを思って言ってくれていたんだろうなって思いますが。


麗さん:ビジネスパートナーとしても、姉としても、かなにはしっかりしてほしくて、色々と注意をすることが多かったですね。妹は生粋の末っ子気質なので 笑

かなさん:そうだね 笑


けどそんな時期に、個人事業主のころからお世話になっている大型フェスのお仕事が舞い込んできて。

「社長だけはやりたくない!」と、頑なだった私を半ば強引に社長にした麗ちゃんが、いつもの制作メンバーに毅然と


「これからも、うちの社長のかなをよろしくお願いいたします」


と言って、頭を下げてくれて。


その時に「私も代表として、ちゃんとしなきゃな」って腹を括りました。

INSTYLE GROUP ジョインを決めた理由

やまだ:半年のトライアル期間、準備は麗さんがメインだったとのことですが、具体的にどのようなことをされていたんですか?


麗さん:私の方は「まず、500食のレシピを作ろうか」と、ヒデさんから言われて。

ひたすらお弁当のメニューを考えて、平日は毎日、1日6種類のお弁当を作ってINSTYLE GROUPの旧赤坂オフィスに届けていました。


やまだ:毎日届けてくださっていましたね!麗さんが届けてくれたお弁当を旧赤坂オフィスで、私と一緒に毎日撮影して、HPをつくる時のために撮りためて。


麗さん:そうそう!

それと並行して、INSTYLE GROUPのみなさんにはHPの構築やLP制作、チラシの制作も進めていただいて。


かなさん:私も参加しつつ、主に姉がINSTYLEのみなさんと一緒に準備を進めてくれて。

半年間のトライアルはあっという間に過ぎていき『おふぃすごはん きぬ川』がスタートすることになりました。


準備が整って、もう事業をスタートできるって状態になったときに、ヒデさんが


「どうする?このまま2人でやっていくか、それともうちのグループにジョインするか。

決めていいよ。グループに入らなくったって、これからもお弁当頼むよ。」


と言ってくださって。


やまだ:ジョインに関しては、決まっていたわけじゃなかったんですね!


かなさん:はい、最終的に「私たちの好きにしていいよ」って判断を委ねてくれました。


「かなが決めていいよ」って顔でこっちを見る姉と、見ず知らずのこんな姉妹に「親友の紹介だから」と手を差し伸べてくださって、何も分からなかった私たちにたくさんのことを教えて、事業を始める土台もしっかりと整えてくれて、たくさんの時間と労力を投資してくださったヒデさん。


「誰かの世話になるくらいなら、辞めてしまおう」と思っていた自分と別れて、この人達についていこうと決めました。

六本木グランドタワーに店舗をオープン

やまだ:六本木のお店は、2023年8月オープンでしたよね。

どのような流れで店舗をオープンすることになったのですか?


かなさん:最初にお話した通り、当時は横浜の祖母の家を改装した厨房を使っていたんですが、築99年経っている家だったので、いろいろなところを自分たちで補修しながら使っていて。


そんな中、同じグループの品治さん(Bounty of Life Inc. 代表)からヒデさんに、飲食店の空き物件の情報が上がってきたらしく「KANCHで使ったらどう?」とお話をいただきました。

ホテルの中に入っている飲食店だったんですけど、厨房もそのまま残っているから良いんじゃないかって。


麗さん:その時は、もうほぼ東京でお仕事を頂いていて、配送だけでも1日往復3時間ほど時間をかけていた時期でした。

「この移動時間で、もっと色々なことができるのにな」と思っていた矢先に東京進出できるかもしれないとのことで、すぐにお時間を取って頂いて。


その件でヒデさんとミーティングをしているときに「実はINSTYLE GROUPが移転する、六本木グランドタワーの1Fで店舗を開く案も考えていたんだよね…」というお話を伺って。


「前者の物件は厨房があるから、初期投資もあまりかからないし、家賃も安い。

後者のグランドタワーの物件は厨房がないから莫大な初期投資をしなくてはならないし、家賃も前者に比べてすごく高い。どうする?」


と聞かれたのですが、私は即答で


「やらせてください! グループのみんなと一緒にグランドタワーに行きたいです!!!」


と答えました。


かなさん:でも、正直私は「今のままがいい。横浜から動きたくない」って思っていました。


やまだ:個人事業主としてスタートしたときからずっと使っている、お祖母様のお家のことですか?


かなさん:そうです。


当時の横浜のキッチンは家賃がすごく安かったこともあり、一気に固定費を上げることがすごく怖かったんですよね。でも、そのときに姉からすごく説得されて。

麗さん:初期投資を返すことばかり考えている妹に、


「この2年、何を学んできたのかをよく思い出して。

『成功してもっと大きくして、さらに投資してもらうためにはどうしよう』

っていう頭に切り替えるんだよ。出せるのかなじゃなくて売り上げを出すんだよ。

ヒデさんは、可能性がないことをわざわざ私たちに提案しない。

いつだって厳しくも温かく、ずっと見守って下さっているじゃないか」


って言いましたね。


かなさん:姉にそう言われて、ハッとしました。


私は怒られるのが本当に苦手で、そういうスタンスからくる私の行動のせいで、姉とは何度も何度も喧嘩をしていて。


この件のことも「投資してもらっても、その分売上を上げられなかったらどうしよう」ってすごくネガティブな考えになってしまっていたんですよね。


でも、姉からそう言われて「ヒデさんは私たちができると思ったから提案をしてくださっている」ことに気づいて「ダメだったらどうしよう」じゃなくて「どうすれば成功できるか」っていう気持ちに切り替えることができました。


やまだ:気持ちが切り替わった大きな出来事だったのですね。


かなさん:ヒデさんは初めから姉の知り合いだったし、トライアルの時期も会社に行ってくれていたのは姉で、それまではどこかで「いつかヒデさんに見捨てられるんじゃないか」って思ってしまう瞬間もあって。


でもヒデさんはいつもグループのみんなのことを考えてくださっていて、今はその中に私たちも入っているんだなって、すごく実感しています。

何気なく言った一言とかも絶対に覚えていてくれて、私が憧れている方の展示会に突然連れて行って下さったり、お誕生日も毎年欠かさずお祝いしてくださったり…


なかでも一番嬉しかったのは、中々距離を縮めることが出来ていなかったときに、会社名とINSTYLE GROUPの社長陣のお名前が刺繍されたMA-1を頂いたときですね。

そこには私の名前もしっかりと刺繍されていて…思わず泣いてしまいました。


ちゃんと私たちを信用して、見守ってくださっているんだなって、毎回感じます。


麗さん:「もうヒデさんの人柄はよくわかっているでしょう。

この人たちに恩返しする為にも、今以上にがむしゃらに働ける環境にいくんだよ」


ってめちゃくちゃ説得しましたね。


やまだ:私から見ていて「いつもニコニコしていて、本当に仲の良いお二人だなあ」と思っていたのですが、いろんな話し合いをして、二人で支えあってきたんですね。


かなさん:はい!!

麗さん:そこからは、もうあっという間でしたね。


もともとキッチンカーやイベント出店では、阿吽の呼吸で売上をあげておりましたが、店舗となるとまた話が違う。


みんなの引っ越しに先駆けて内見に行かせていただいたり、そこでもやはり


【この広さでよいか】

【厨房器具は入るか】

【目標月商の為には、どれだけ売らなければならないのか】

【お弁当を何食つくるためには】


ヒデさんから、まずは簡単でいいから図面を引いておいでと。


色んな店舗で働いてきましたが、もちろん図面なんて引いたこともないド素人ですから、必死に図面を作りました。

今使っている冷蔵庫を測って、色々な厨房器具を検索して、手書きで配置していって…その繰り返しでした。


その時も『初動が遅い、普通だったらもう他の会社に物件取られているぞ』って怒られて。

そしてうちは普通じゃないから、なんならグレードアップした物件に引っ越しが決まって。


かなさん:また新しい物件の間取りに手書きで書いて…

この日は徹夜だったね!


麗さん:一度教えていただいたことで同じ過ちはしないというのも、徹底して叩き込まれました。


かなさん:後日提出した図面をもとに、ヒデさんが全部完璧に引き直してくれていて、また度肝を抜かれました。本当になんでもできるんだって。


麗さん:完璧な図面を携え、打ち合わせの日々が続きました。

コンセントの位置やお湯の出る場所など細かなことは任せてくださり「何かあったら言っておいで」と、いつものスタンスで見守ってくださいました。


かなさん:私たちにできることは、1日でも早くオープンさせて、仲間を増やして、できることを増やして、1円でも多く売り上げを上げること。


2人きりだったものが3人になり、今では10人になりました。

そこには、露店を出していたころの常連だった、当時小学生だった子もいます。

お陰様で、お客様も沢山応援してくださって。


個人事業主でキッチンカーをやっていた頃は、こんなにすごい場所に、こんなに立派なお店を構えられるなんて思っていませんでした。

ジョイン前も、がむしゃらに働いてはいたけど、頑張り方を間違えていたというか。

グループにジョインして、ヒデさんにたくさんのことを教えていただいて、アルバイトをしなくても事業を続けていけるようになって、大きいオフィスビルにお店を構えられて…。


麗さん:最初の2か月は、もう記憶もないほどでした。

人生で一番働いたのではないかっていうくらい、寝不足でしたし怪我だらけでしたが、最高に幸せな日々でしたね。


その時もヒデさんはお忙しい中でも時間を作って、時折店舗に顔を出して下さり『働きすぎ』と怒られましたが、飲食の先輩でもあるヒデさんは分かっていてくださっていたと思います。

INSTYLE GROUP にジョインして変わったこと

やまだ:INSTYLE GROUPに入って、変わったことってありますか?


かなさん:「やだ」「無理」を言わなくなりました 笑


なんというか、INSTYLE GROUPのみなさんって常にポジティブな会話をされているというか。

何か失敗したり、困難なことが目の前に来た時に、悲観的な言葉を発するのではなく「今こういう状況だけど、じゃあどうしていこうか?」みたいに、どうやってカバーをするかを考えるじゃないですか。ネガティブを一切出さない。


やまだ:確かに、そういう方が多いかもしれません。


かなさん:そんな中で「やだ」とか「無理」とか言えないじゃないですか。

特に、お店をオープンしたあとは物理的に皆さんとの距離も近くなり、そういう環境に身を置いたことで、いつの間にかネガティブな言葉を出すことが少なくなっていましたね。


麗さん:ヒデさんを紹介してくださった方からも言っていただいたのですが


環境が変わると付き合いが変わる、

付き合いが変わると景色が変わる、

景色が変わると人生が変わる。


それを本当に実感しています。


妹には盛大に景色が変わるところを目の当たりにしてほしかったので、本当に頑張ってよかったと思います。

もちろん、まだスタート地点に立たせていただいたばかりで、これからなのですが、紹介してくださった方からも「紹介はしたけれど、そこからは2人が努力したんでしょう」って言っていただけて。


でも、もし私1人だったらこういう業態じゃなかったと思うんです。

途中で辞めてしまっていたかもしれません。


最初は、この子の為に。

いつしか、あの方の為に。

そして今は、INSTYLE GROUPの為に。


そういう気持ちで、これからも全てのお客様に尽くしていきたいです。