河野 眞二 - Shinji Kawano

【名前】河野 眞二

【出身地】大阪府大阪市

【会社】AIR RACE JAPAN / XGJ

CEO INTERVIEW - AIR RACE JAPAN / XGJ

- 現在までのお仕事について教えてください


元々サラリーマンで印刷がメインの広告業をしてて、流れで自分でやるようになりました。ホームページって言ってた頃から始まって、サラリーマンしながら最初はやり始めた感じかな。


26歳で会社を作って仕事をやり始めて、最初は半導体のプロモーションを受けたりとか、工場の製造ラインのプロモーションを受けたりとかが多くて。その後、東京ビッグサイトや幕張メッセとかの展示会の仕事が多かったかな。

そうなると東京にも拠点が必要になってきて、今でも東京と大阪の2拠点でやってる感じですね。


当時は会社のプロモーションをする、ホームページを作る、展示会の出典ブースを作る、その間に企画書をつくる感じですね。で、今は企画がメインになったって経緯で、こうなるとは全くイメージしてなかったです。

言われるがままというか、ニーズとして求められると嬉しいからやるって感じですね。



- X Gamesに関わることになった経緯を教えてください


X Gamesは2017年ぐらいからオファーをもらっていて「ぜひやらないか?興味あるか?」という話があったんですが、当時エアレース(レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップ 千葉大会)をやってたので「そんなしんどいことをいくつもやってられへんから、興味ない」って言ってたんです。


でも2019年に、Red Bull Air Raceの本国からエアレースが終了するとの話があったので、じゃあちょっと(X Gamesの方を)具体的に話を聞いてみようかと思って、アメリカの大会中にESPNに打ち合わせしに行ったっていう感じですかね。


周りに海外と繋がってる人も多いし、日本人でもX Gamesやりたいって言ってる人たちはいっぱいいて、その中に繋いでくれた人がいて「是非X Gamesサイドと会ってほしい」と言われて。X Gamesとしては、大規模な国際大会をやったことがある人間で、なおかつ横乗りカルチャーをちゃんと理解している人間という条件の中で、繋いでくれた人の中で自分しか当てはまらなかったと、単にそれだけですね。



- X Gamesの前はどんなイベントを手掛けていたんですか


2013年と14年に大阪城の西の丸庭園でFMX(フリースタイルモトクロス)の世界大会をやってました。メインはRed Bullがやるものですけど、それの実行委員長をやったっていうのは結構インパクトが大きかったかな。


そのときのロケーション、大阪城の西の丸庭園は文化庁の管理地で、地下に歴史的に重要なものが埋まってるんじゃないかということで、「そこでそんな大会なんかやらすわけにはいかない!」という声が一部であって。その大会の許可を取るのに、普通の職員さんにノックしても無理なので。たまたま橋下市長の知り合いがいたので、当時の橋下徹さんが大阪市長になりたての頃にノックしに行ったんです。そしたら翌週には「ぜひ興味あるから、やりませんか?」という話になってました。

今考えるとそれが、X Gamesに繋がってるストーリーだなと思いますね。


大会としては、10tトラック約800台分の土を入れて庭園内にコースを作りました。でもそうすると「西の丸庭園に重量がかかることで、地下の歴史的なものが潰れないか」という調査も必要になって。地下に何が埋まってるかって分からなかったので、いろんな大学の教授の意見を大阪市や大阪府の人が聞いたりとか、そういった調査と打ち合わせを約1年半から2年ぐらい繰り返して、ようやく文化庁の許可が取れて2013年に実施できた感じですかね。


大会はすごいパブリシティーが高かったし、いろんな人が見に来てくれた。バイクがジャンプ台で飛んだ奥に大阪城がすごく綺麗に見えて、石垣もブルーや赤にライトアップされてて。

日本にいながら海外の国際イベントみたいな空気感の大会が出来たっていうのは、自分にとってもすごく大きなタイミングだったかなと思いますね。



- 責任者として大変だったことはありましたか


たぶん、ロケーションを取るのが一番大変かな。普通、許可出さないからね。

そうなると、「河野さんが許可取ってきたから、河野さんが責任者なってよ」って。なんでやねんって感じだけど 笑

まあでも、面白いからいっかって感じで。なるようになるかなと。深いことは考えない、という感じですね。


ただ、何kmも先の周辺住民からもクレームが入るし。海外に日本のイメージを伝えたくて演出を考えて、すごく有名な太鼓奏者が来てやってくれても、大きな音鳴らすと遠くのマンションの窓が揺れて、ってそんなクレームもいっぱい来るし。

なのでそういう調整をしながらで、大会は一切見てない。責任者ってだいたいそうで、その頃は今以上にいろんなところを駆けずり回ってたので。大変だったな、苦労あったな、警察にめっちゃ詰められたなっていう、いい思い出ですね 笑


面白かったのが、大阪城の野鳥の会から「バイクが飛ぶと鳥が逃げるけど、どうするんですか?」って言われて、「じゃあ鳥が逃げた分だけ報告書もらったら考えます」って答えたりとか。ちょっと尖ってたよね 笑



- エアレースの開催に向けた交渉は何年もかかったそうですね


エアレースは航空法を臨時で許可取らないといけないので、航空局の人には「航空法で言えば違法だ」って言われてたこともあったけど、しっかり国会内での審議をかけた上で承認をいただくというフェーズがあるっていうのは、結構大変でしたね 笑


エアレースの相談から開催まで6年とか8年って言われてたけど、実質4年半ぐらいかな?交渉というか調整は。

(航空局に)相談に行って、「飛行機飛ばしてレースしたいんです」って言っても『あー…さて、本題は?』「いやいや、それが本題です!」みたいな 笑

今までの相手の価値観にないところの話をしてたので大変でした。

でも地元の人とか航空局の人も熱くていい人が多くて飛行機が好きだから、一緒にやってる木戸口さんが「世界から見ると日本ってまだまだできてないよ。日本人だったら、もっとかっこいいことを世界にも見せようよ」という熱いメッセージを語ってくれて、管制課の人たちと意気投合したので、その出だしがすごく重要だったかなと。

自分だったら絶対あんなに熱く喋れないというか、冷めてると思うので 笑


パイロットの室屋さんが日本人唯一のエアレースパイロットとしていることで、自分たちも「なんとか日本で実現できるといいよね」って思いで交渉してきましたね。



- エアレースでの西村さんとの出会いはどういうものでしたか


エアレースを始める時に、一緒にできるパートナーとして紹介いただいたのがそもそもです。自分たちが大変だということはもちろんわかってる中で「お、面白いですね」ってなってくれた。会った1回目ですごく理解してもらえたし、規模感も理解してもらって、エアレースやるって言って、ちゃんと理解する人ってなかなかいないですからね。


(グループとして)一緒にやろうと思えたのは西村さんのパッションの部分ですかね。

賢いとか鋭いとかというのはインスタイルにいたら当然わかることで。それ以上にパッションがあって「こういうことを日本でやるべきだ」とか、誰もできなかったことを成し得ることへの意味性とかが合致しないと、自分たちも一緒にやるまでにいたらなかったし。価値を “理解してくれた” というよりかは、すぐ “理解してた” っていう感じでしたね。



- 現在のX Gamesの仕事は、具体的にどんな内容ですか


X Gamesとしては、どこでやるかという場所と自治体から予算をもらうこと。

予算を出すところを見つけた上で場所を交渉するとなると、日本の場合はイベントや野球などのスポーツ大会が多い。年間通してこんだけ(他のイベント予定が)入ってる国は多分、世界でも日本だけだと思うので。そこのロケーションを調整しながら、なおかつX Gamesは国際大会なので、本国とのスケジュール調整もしないといけない。そこが大変かな。


千葉市・千葉県を中心にやってるのは、エアレースで2015年から19年まで5回やった中でずっと一緒にやってきたから、自治体との仲間意識がすごく強いんです。自治体としても世界に名前を売りたいというニーズがあって、それにこんなにぴったりした国際大会はないんじゃないかなと。



- 困難な壁に直面した時、どうやって乗り越えてきたんですか


自分はポジティブかって言ったら、そこまでポジティブな性格だとは思わないんですよ。


でも、何か聞いた時に、乗り越えられるイメージの段取りが頭に浮かんでくるから、それが難しかったら考えることもあるけど……。そんなに難しくないねとは思いつつ、壁があるとしたらこのポイント、このポイント、それをどう乗り越えるかをチーム内で仲間と一緒にルートを探したりとか。ルートだけ探しても勢いで弾かれるから、やっぱり許可とかをクリアするために、スタンスとしてはノーと言われないスタンスを取ることを大切にしてます。

イエスかノーかって聞くとノーって言われかねないので、ノーと言われないように時間をかけて交渉するタイミングが必要で。



- 今後やりたいことを教えてください


スケートボード、BMXが日本ではオリンピックとして注目を浴びたけど、それを本当のエンターテインメントとして作り上げたい。X Gamesって本当にエンターテインメントの大会なので、その価値をしっかり作りたいかな。

スポーツを見に来て面白いねっていうのはもちろんだけど、音楽があってフードがあって、スポーツが好きな人も音楽が好きな人もいて、その規模でアメリカではない日本のX Gamesを作り上げられたらいいな。その価値観に今チャレンジしてる最中ですね。



- 人生の曲線があるとしたら、今はどの辺にいますか


まだ真ん中かな。

何も成し得てないし「大会することは誰でもできる」といつもいろんな人に言ってるんです。たまたまその権利を持ってできてるということは巡り合わせでやってるだけであって、それを結果だとは自分ではなかなか思えない。

日本人らしい、世界から見てもすごいねと思われる。まずはX Gamesでスポーツと音楽とフードとかの、フェスのようなものを作り上げられたらいいかな、という意味ではまだまだ道半ば。ここ数年はもっと内容を濃くして作り上げたいなと思ってますね。



- 仕事をする上で大切にしている価値観はありますか


仲間と一緒にやってるのが1番大切で楽しいので。知らないやつよりかは今知ってる、この仲間と作り上げたい。そこに参画してもらう人は、仲間の仲間なので。関わってるメンツと仲間と一緒にやりたいっていうのが自分の価値観ですかね。


いろんな有名な人がいたとしても、それもきっかけとして紹介してもらえると仲間ですけど。まずは自分たちと一緒に歩んできた人間と作り上げたいなっていうのは、自分の価値観ですかね。