田口 友弘 - Tomohiro Taguchi

【名前】田口 友弘

【誕生日】1980年12月05日

【出身地】東京都

【会社】FINEST Inc.

【MBTI】仲介者 - INFP

何者でもない僕が社長になりました

素直に、謙虚に、誰かのために。

たった一人の感動に向けて、ベストを尽くす。

親友が教えてくれた大事な大事な、

INSTYLE GROUPの仕事における基本の「き」。

はじめに

田口友弘(たぐち ともひろ)

*INSTYLE GROUP-COO

*INSTYLE GROUP - FINEST Inc.- 代表取締役 CEO


そして、

INSTYLE GROUP代表西村 豪庸(にしむらひでのぶ)とは高校からの親友、彼を唯一「ぴょん」と呼ぶ男


僕は彼と高校時代に出逢いました。

その日から人生の半分以上の時を過ごしています。

「友達と一緒に仕事はするものじゃない」とよく耳にするし、納得する経験もしてきたつもりです。ただ、彼とは親友であり、仲間であり、よき上司であり、よき同僚であり、いろいろな関係をお互いが阿吽の呼吸で切り替えることができたから、大人になった今でも一緒に仕事ができているのだと思っています。


これまでもこれからもそれは変わらないでしょう。


はじめまして。

田口友弘と申します。

今回、仕事においてまだまだ未熟な僕ですが、スポットを当ててもらえる機会を頂きました。感謝の気持ちを込めて、僕のこと、そしてせっかくなので僕にしか語れないGROUP代表 西村の話をしたいと思います。


山田ちゃん(広報PR担当)にインタビューされても、思い出が多すぎて長時間になり、迷惑をかけそうだったので、自分で語らせてもらうことにしました。思った通り、大変長くなってしまったのですが、読んでいただけたら嬉しいです。



これは平凡を愛し、「社長」という肩書きを断り続けた僕の人生を、180度ひっくり返した彼とのエピソード集です。いろんな面で凸凹コンビですが、僕を諦めず信じ続けてくれている彼とは、仕事において確かに共通する部分があります。それがINSTYLE GROUPの根底にある大切なことの一つだと思っています。


彼と過ごした時間と出来事を紐解くことで、少しでもINSTYLE GROUPが大切にしていることと、その代表である西村、そして親友ぴょんの想いが伝わることを願っています。


僭越ながら駄文を連ねさせていただきますが、お時間が許す限りお付き合いいただけますと幸いです。

何者でもない僕が社長になりました

「全ては投資」

「社長はなりたい人がなる」べきものだと今でも思っていますが、なりたいからといっても誰でもいいわけではないのでしょう。


僕に至っては「社長は絶対やだ。なんなら人の上に立つのが嫌だ。ずっと下っ端でいたい。立場が上がったら辞めてもう一度雇い直してもらって見習いからやり直す!それぐらい嫌だ!」と頑なに断り続けていた人間なのですが、彼はずっと僕に「社長やろうぜ!」と諦めずに言い続けていました。


彼は「時給100万円(10年前ですら。今はその数倍)のコンサルタント」。これまでに様々な会社や社長を見てきただろうに、そんな彼が、なりたくもない・やったこともない僕に何の考えもなく「社長やろうぜ」と言うわけがない。ましてや今はグループ代表である。公私混同の親友贔屓で社長をやらせるような判断はしないはず。

そう思って自問しました。


「こんな僕に、どんな社長の素質があるのだろうか?」


それが何かを自覚し、強みに変えることができたなら、僕が僕である意味、僕がここにいる存在意義、僕が社長である価値、そして彼の想いに応えることになるのだろうと、暗中模索の日々ですが、駑馬十駕の精神で日夜奮闘中です。



お給料・報酬、言い方はなんであれ、INSTYLE GROUPでのその類は「投資」です。

人が成長し、社会で独り立ちすることを彼は望んでいます。

彼一人だけで会社を運営していれば、なんの苦労もないはずですが。30代半ばを迎える頃には(少し前まで他人の莫大な借金を肩代わりしていたはずなのに)「数世代先まで働かずに生きていけるだけのお金はあるよ笑」と言っていたのを今でもよく覚えています。



それでも、一人で生きていける彼の周りには今現在、たくさんの人が集まっています。

オレンジ髪の男子生徒

今の彼しか知らない人には想像もできないでしょうが、出逢った当時の彼は一匹狼のごとく人を寄せつけない気質でした。


「気が合うやつだけいればいい」


そう言ってウニのごとくトゲトゲした男でした笑。一般人は眼中に無いと言わんばかりのシカトぶり……それでもその中心には、優しく人懐っこい無邪気な球体が確かにあり、気が合う人とだけは心を開いて接していました。そしてその数少ない一人が僕だったのだと思います。


ここからは改めて思うままに今に至るまでを書き出していきたいと思いますので、

少し散文的になりますこと、ご容赦ください。


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高校入学式のこと。

僕が運良く推薦入学することができたのは学区内偏差値ランク2位の進学校・・のはずなのだが、その中に一人、進学校に似つかわしくない一際目立つ人がいた。

キレイなオレンジに髪を染めた男子生徒。


「あ、あれが不良か!絶対関わらないようにしよう・・」僕は心の中で誓った。


3ヶ月後、気がつけば僕はそのオレンジ髪の男子生徒とお弁当を一緒に食べる仲になっていた。

名前は西村豪庸。現INSTYLE GROUP代表との出逢いだ。


どうやら怖い人ではなさそうだし、不思議と気があって一緒にいる時間が増えていった。その頃、僕が彼につけたあだ名が「ぴょん」である。(西ぴょん、から西が消えました)


高校時代から異彩を放った存在で、授業中は漫画や本を読んでいるか、窓の外へ遠い目を向けていた。


「だって、全部知ってるもん。むしろ間違った情報混じってるし。」と。どうやら頭が良いらしい。そういえば、進学校だというのに、選んだ理由は「家から近い」だった。


隠れ優等生かと思っていたら、血だらけのワイシャツで登校してくる日がしばしばあった。

「ぴょん!!!大丈夫!?どうしたん??(やっぱり不良だった!)」

「大丈夫大丈夫、俺の血は一滴もついてないから(笑)全く雑魚共がしつけぇんだ(笑笑)」

と、気にもしていない様子だった。


喧嘩をわざわざふっかけるような人ではなかったが、徒歩10分もない通学路でよくまぁ不良に絡まれていた。最初はびっくりした僕もいつしか「今日もなの〜(笑)髪が目立ちすぎなんだよ」とワイシャツの着替えをロッカーに常備しておくほど日常になっていた。


彼は授業のつまらなさに耐えかねたのか学校にこない日が増えていった。出席日数が危うくなってきたので、僕は登校時に彼の家を訪ねるようになった。

ある日、忽然と姿を消した。


「あの子、どっか行っちゃったのよ。」

お母さんも知らないらしい。


数ヶ月経った頃、彼はひょっこり登校してきた。

「フランスでワインの勉強してきた!これお土産ね!」

得意げにフランス語で話しかけてくるお茶目なやつだ。元気な姿を見てホッとした。 当時はわけもわからなかったが、受け取ったお土産は後に使うことになるソムリエナイフだった。


そして

「いつか一緒に店だそうな!」と楽しそうに彼は話していた。

そして同じように、

「絶対フェラーリにのるんだ!」と楽しそうに夢を語っていた。(いま、その夢は叶っている。)


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当時の無邪気さは、今も変わらない。

今思えば、出逢った頃から「自分さえよければ」なんて考える人ではなかった。

信頼できる仲間と一緒に、喜びも楽しみも分かち合いたい人なのだ。

歳を重ねるごとに、できることが増えるごとに、その範囲が広く深くなっているだけのことだ。(その規模が規格外だが)

絶対的な信頼

「たぐっちゃん、明日からパン焼いてくれない?」

「あいよ」

「たぐっちゃん、バーテンダーやってくんない?」

「あいよ」

「たぐっちゃん、申し訳ないけどキャッシング枠満額おろしてきてもらえませんか?」

「あいよ」


彼が右向けと言えば、僕は右を向く。

信者やイエスマンに見えるかもしれない。

でも、そうではない。


ーーーーーーー


大学生の頃、交通事故を起こしたことがある。

彼と二人でドライブすることになり、僕の家まで迎えに来てくれた。


西村:「国道でるまでたぐっちゃん道案内して〜」

田口:「はいよ〜」


西村:「あの交差点どっち?」

田口:「まっすぐ・・・・・」


青信号だったので、スピードを落とさず交差点に差し掛かった時、

田口:「あ、違う!右だった!!」

西村:「えっ!!??」


ハンドルを少し切ろうとしたが、右折するにも直進するにも難しい状況になった。

長く感じたが、おそらく1秒もなかっただろう。

西村:「わりぃ、たぐっちゃんぶつけるね」

田口:「あいよ」


がごーーーーーん!


田口:「うひょーー!びびった〜!!意外と平気だったね(苦笑)」

西村:「ちがーう!俺がちゃんと被害を最小限にコントロールしたのー(笑)」

ケラケラケラ。

べコンとへしゃげたボンネット。

へし折れた街路樹。

大破した車の横でピンピンしてる2人。

先の方に歩行者が目に入ったから、木にぶつけて止めたのだそうだ。


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僕が案内を間違えたのもあるが、疑うこともなく彼の判断にまかせた時のことを今でもよく覚えている。万が一・億が一のことになったとしても、後悔も彼を責める気持ちも全くなかった。彼がその瞬間、最善の判断をしていると信じていた。信じるとも少し違う。そもそも疑う余地もなく、彼が僕に大怪我をさせる判断はしないという絶対の信頼があった。


この信頼感はさすがに親友の間柄によるものかもしれないが、こと仕事においても、僕は同じように彼を信頼している。


信者やイエスマンに見えるなら好きに見てくれて構わないが、実際そうではない。

僕は彼の考え方が好きで、絶対の信頼があるだけなのだ。

時に「なぜ??」と思うこともあるが、それは自分の理解が及んでいない時だ。

聞けば納得しかない理由が常にある。


僕にここまで思わせるのは、彼の日々の言動によるものだ。

それを「彼はチートキャラだから」と片付けるのは申し訳ない。

チート級の見せない努力があることを知っているし、チート級の気遣い・心遣いがあることを知っているし、それが「人のため」だということを知っているからだ。


そして仕事においても「人のため」に積み上げてきた知識・技術・経験からの言動であることを知っている。時に言い方がキツい時もあるけれど、それは大切にすべきモノコトヒトが侵害された時であり、その時その瞬間「その人のため」になるよう、伝え方まで気を配っているのである。


ゆえに、今の彼の周りには彼に対して安心感のある信頼」を感じている人も多い。 

彼はチートキャラ?否、チート級に努力をする人 その1

彼はチートキャラ扱いされることが多い。実際にチートな出来事を起こすからである。


高校では、いつしか学校の先生から「田口、西村に授業は必要ないけど、せめて教室に座ってるように言っといてくれ」と頼まれるようになった。教師が教育を放棄していた。


手刀でビール瓶を切ってみたり、石を割ってみたり、人の胴体ほどの太さがある木を「おりゃ〜!」と引っこ抜いたりと、笑うしかないチートぶりはいい思い出である。


特に「チートだな」と感じるのは圧倒的な記憶力。


僕が好きなアニメにおいては、いつしか僕よりセリフを覚えていた。それだけでなく、頭の中の引き出しがきちんと整理されているかのように、絶妙なタイミングでセリフを言ってふざけてみせた。


フと思うのである。

「いつ観てくれたんだろう?」

「そんなに興味なさそうだったけどな・・?」


おかげでこれまで散々ふざけてゲラゲラ笑った楽しい思い出がたくさんある。


彼はよく、

「速読できないの?」

「一度見たり聞いたりしたことなら記憶できるでしょ?」

「え?なんで覚えられないの?笑笑」

とみんなをからかう。


彼を「チートな記憶力保持者」と言えれば楽なのだが、人は忘れる生き物である。個人差はあれど、彼だけが特殊能力者ということでもない。はたまた僕との例をとってみれば、興味もないこともあるだろうに。


「覚えておいてくれたこともだけど、その気持ちが嬉しい」と僕が感じたことに何かヒントがありそうだ。


彼はいつ何が起きても対処できるように、アンテナを広く張り、覚える努力をしているに違いない。その姿は僕でも見たことはないが。その努力の質と量がチートなのだ。


なぜそこまでするのか?

なぜそこまでできるのか?


「気持ちが嬉しい」と書いたように、「物・事」自体にはそこまで興味がないものでも「人」に興味があることは確かだ。


彼が会話に困るという姿を見たことがない。共通した話題で盛り上がれるよう、もしくはその人が喜ぶであろうことを、その会話の流れになるかどうかもわからないうちから、事前に覚えておくようにしているのだ。(そりゃもうビジネスはもちろん、ジュースからワインまで、漫画から絵画まで、インディーズからクラシックまで、サブカルチャーから世界情勢まで何でも)僕の恋愛事情に至っては本人より正確に覚えている。(やめてほしい・・)


そういえば彼はよく嬉しいサプライズをする人だ。覚えておくことも、その行動自体からも、彼の「人のため」がよく現れた「チート級の見せない努力」「チート級の気遣い・心遣い」の一つであることは間違いない。


それが仕事になると、とんでもない強みとなる。


その後一緒に働くことになるフレンチレストランで目の当たりにすることになるのだが、お客様のお名前や顔はもちろん、前回の来店日、お食事メニュー、食の好み、お召し物、会話の内容、趣味、お誕生日や記念日、お連れ様は・・・全て覚えているのである。これ見よがしにひけらかすのではなく、会話の端々で「覚えててくれたんですか!?」と感動を生み出すサービスに変える。彼を求めてご来店いただくお客様がみるみる増えていくのを横でみていた。

親友だからこそ、甘やかしはお互い許されない

僕はごくごく普通の人間。

彼は昔から非凡だった。


高校卒業後、僕は英語教師になるために大学に通っていた。英語は5段階評価で限りなく1に近い2だったが、「わからないことがわからない人の気持ちがわかる教師になりたい」と、思い切って英米文学課を専攻した。

彼は法学部に通いながら、突然日本からいなくなったり突然現れたりしていた。


19歳の終わり頃に一瞬開けたバーを紆余曲折あった後に閉店した彼にある時、

「最近何しているの?」と聞くと、フレンチレストランで働きながら次の仲間を探しつつ、修行していると言う。


そして、 

「たぐっちゃんは絶対サービス業が天職だから。騙されたと思って、レストランで一緒に働かない?」と口説いてきた。


そこで僕は教職課程を放り出し、当時彼が働いていたフレンチレストランで一緒に「仕事」をし始めた。毎週末レストランウェディングが行われる素敵なお店だ。


出勤初日。

レストランウェディングが行われる日だった。白シャツに蝶ネクタイ、黒のベストにタブリエという慣れない制服を身に纏った、ぎこちない僕がそこにいた。


お店の雰囲気に圧倒され「なぜ、僕がここに・・よりによって初仕事が結婚式とは・・」と逃げ出したくなっていた。ただでさえ緊張で吐きそうなのに彼がいない。「おい、いてくれよ・・・」と心細さを感じながら掃除仕事をさせてもらっていると、彼が出勤してきた。


「お疲れ!掃除終わるよな?3分後少し話そう。」


ん・・?

いつもと雰囲気が違う。


「なんでいないんだよ〜」

僕はいつも通り「親友」のノリで絡んだ。


「・・・だからだよ。」

「え?」


3分後、仕事モードの彼が戻ってきた。

髪をオールバックにして、ビシッと制服を着こなし、腰にはソムリエナイフを携えて、タブリエのポケットには金色のダストパンが光っていた。(ダストパン:お食事の最中、テーブルのパンクズをスマートに取り除くアイテム)


「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・」

大きく息を吐き、一時の沈黙をおいて、彼は話し始めた。


「いいか?お前は今日からここに仕事しに来てんの。俺が最初からいたら『友達つれてきました〜』ってノリで緊張感なく始まってただろ?違うか?」


「親友」から「仕事」「上司・部下」へ初めてスイッチを切り替えた瞬間だった。

彼はしっかりこのスイッチを押すことを決めていた。


「だからわざと遅くきたんだよ。

初日だろ?『まともな奴が来てくれた』ってキッチンにもホールにも、マネージャーにも思ってもらわなきゃいけないんだよ。

緊張感持って初日迎えてもらわなきゃならないんだよ」


「すいません・・・意識が甘かったです。おかげで緊張感を持ってみなさんにご挨拶できました!掃除の仕事もふっていただきました!ありがとうございます!」

僕は自然と敬語を使っていた。


「ま、たぐっちゃんはその辺心配ないとは思ったけどね(笑)わりぃわりぃ」


友達だからこそ、「友達だから」をマイナスに感じさせてはいけないと彼は言う。

齢二十歳の時のことである。


後にマネージャーから聞いた話だが、レストランは特に人を探していたわけでもなかったらしく、彼がマネージャーに「いい奴がいるのでここで働かせてやってください。絶対に後悔させません、俺がさせませんから。」と頭を下げてくれていたのだという。


親友だからこそ、なあなあで仕事をしてはいけない。いつしか自然と「親友」「仕事」のスイッチをお互いにうまく切り替えるようになった。それは今でも変わらずにいる。

部下の仕事は上司をサボらせること

開店準備が終わった。

「朝話したかったこと話してねぇや。」

と、彼は「新入り田口がやるべきこと」について話をしてくれた。


最初に課せられた仕事は「絶対にお客様の水を切らすな」だった。


「今すぐ俺と同じように動けるなんて思ってない。下っ端の仕事はなんだと思う?先輩をサボらせることだ。そのためには“ 確実にできること ”を一つずつでいいから増やせ!先輩が気にしなきゃいけないことを“ 完全に ” 一つずつ忘れさせろ。


お前が確実な仕事を増やしてくれたら、

その分、先輩は気にしなきゃならないことが減る。

つまり、先輩はお客様により集中することができるようになる。

サービスのパフォーマンスがあがる。


今のお前がお客様を感動させるのは難しいけど、

お前の仕事次第で、間接的にお客様の感動へ繋がるから。 

それ、嬉しいだろ ニヤリ?」


「はい!嬉しいっす!!そのための仕事っす!!」


「わかって言ってる(笑笑)お前はそういうやつだから誘ったんだもん。

いいな!今日は水だけで勘弁してやんよ!それだけでいいから。

そのかわり、それだけは死守しろ。

俺が一度も水のこと気にしなくて済んだら褒めてやるから(笑)」


「はい!!」


やる気スイッチをまんまと押され、レストランウェディングでのサービスという、人生初の仕事が始まった。やる気だけは満ち溢れていた。


挙式が終わり、披露宴が始まった。

あたふたしているだけで時間ばかりが過ぎていった。

そろそろ宴もたけなわだというのに、

全くうまくいかない・・・


遠くから彼の声が聞こえてくる。

「Va servir de l'eau à la table huit !」

容赦なくフランス語で指示をだしてくる・・・

(「テーブル8番に水注ぎに行け!」って言ってます。)


フランス語もわからない、テーブル番号もうろ覚え、水だけすらままならない、ウェディングの立ち回りもわからない・・・

テンパっても彼は容赦ない。


悔しかった。

水をつぐことを “確実に” できなかった。

準備しておけばよかっただけのことができていなかった。

彼に水を気にさせてしまった。

でも、そこじゃない。


“お前の仕事次第で、間接的にお客様の感動へ繋がるから”

「お客様の感動」がチームの仕事だ。


僕がバイト初日なんて関係ない。仕事ができないなんて関係ない。

式を挙げた新郎新婦はもちろん、列席されたお客様にとっても、一生に一度しかない今日という日に、僕がもっとうまくできていたら、お客様にもっと素敵な時間を過ごしていただけかもしれない。もっと感動する瞬間が生まれたかもしれない。


西村が、先輩が、マネージャーがそれを可能にしてくれたかもしれない。

そう思うと悔しくて仕方なかった。


その日の仕事終わりはどっと疲れ果て、自分の出来なさ加減に落ち込んでいると、

「初日にしちゃ、上出来だよ。

“出来もしない完璧主義者” だかんな〜たぐっちゃんは(苦笑)」

「親友」スイッチに切り替えて、肩をぽんっと叩いてくれた。


渋谷にある中華屋で8人前くらい注文して二人でドカ食いしながら初日を振り返り、反省と改善を明確にし、これからのこと、サービスのこと、仕事のこと、未来の夢について語った。


こうして、レストランの先輩やマネージャーではなく、彼がつきっきりで僕を鍛えてくれる日々が始まった。上司・部下のスイッチへ上手に切り替えながら、「仕事とは?」「プロとは?」を僕は彼の横で学んでいった。


部下の仕事は上司のリソースをあけること。

そのためには、一つ一つの “確実” を積み上げていくこと。

これは今でも大事だと思っているし、たまに彼も指摘してくれる。


極論、最初の頃は部下にできることも成果もたかが知れている。その点、上司はできることも選択肢も多く、大きな成果を生み出す可能性が高い。少なくとも部下よりは高い。なので、できる限り上司のリソースをあけることは大事なことだ。


部下は上司のために、上司はお客様のために、チームとして「人のため」に軸を置きながら、うまく歯車を噛み合わせることができれば強いだろう。


その中で部下は、上司に “完全に” 仕事を忘れさせるというハードルを一つ一つクリアする経験を積みながら、成長していく。言い換えれば任せてもらえる信頼を得て、責任の範囲=自由の範囲を広げていく。これを彼は「成長」と呼んでいた。

小話:「君に褒められるため “だけ” に働いている」

彼は最高のサービスマンだった。

僕の理想で目標となっていた。


「完全に俺の動きとシンクロしろよ」と指示をもらい、二人で料理を運んだ時のこと。きれいなシンメトリーになる立ち位置でテーブルにつき、全く同じ動きで、全く同じタイミングでお客様に料理をお出しできた日は嬉しかった。


「上出来!でも0.5秒皿の着地がズレてたね」

できることが増える度に、一歩先の指摘をくれる。


料理を運ぶ際、ビシッとまっすぐに美しく腕の上でお皿が並ぶ3枚持ちを習得した。(この美しさは今でも世界に通用すると自負している。)初めてソースを全く垂らさずに料理を提供できた時は、てっきり褒めてくれると思い、ニヤけるのを抑えながらホールから戻ると、

「ホールに出て手ぶらで帰ってくんじゃねぇよ。ボケが。tableaux dixのcendrier※交換してこれんだろ。」まさか怒られるとは・・。(※10番テーブルの灰皿)


さすがにこの時は頭に血がのぼり、言い返してしまった。

咄嗟にでたのは、

「褒めろよ!!君に褒められるため “だけ” に働いてんのによ〜!!」

という逆ギレの一言(恥ずかしい・・)。


「 “だけ” ってことはねぇだろwwwwww」


「だけだよ!!」


さすがに仕事モードの彼も笑い転げていた。このとき生まれた僕の名言はいい思い出であり、今でも笑い話となっている。

素直でいいやつ

彼は仕事においてはとても厳しい。

彼が僕に厳しかったのは「親友だから」だけではない。その視野を二十歳そこそこでもっていることは驚きだったが、根底にあるのは「人のため」だ。

そして少なからず僕は「人のため」だけは負けずに持っていた。


僕は昔から「何者かになりたい」「何かを成し遂げたい」という野心とは無縁の性格だ。


自分のレベルの低さを嘆くのは、彼への劣等感でもなく、反骨精神でもなく、野心からでもない。僕も純粋にお客様のため、仲間のため、目の前の人のお役に立ちたいという思いからだ。その思いとは裏腹に、そうできない自分が悔しいからだ。

「プロのサービスマンに、俺はなる!」という気持ちは最初はあまりなかった。


彼と同じ次元でホールをブン回しお客様の感動に少しでも寄与したい、過労で大変なマネージャーに早帰りや休暇をとってもらいたいという一心で、1日でも早くその日がくるよう、必死で学び、必死に技術を磨いた。


僕のこういう性分を知ってか知らずか(いや知っているからこそ)、彼が別次元のホール業務をこなす中、別次元の指示・指摘をバシバシくれた。ついていくことすらままならなかったが、僕は少なくとも「できるわけないじゃん」と思うことはなかった。ごちゃごちゃと御託も言い訳もなく「はい。すみません!できるようにします!」とだけ、素直にありがたく受け取った。


現在のINSTYLE GROUPにおいて「素直でいいやつ」「心のベクトルが外にむいている」と語られるのはこういうことなのではないだろうか。


誰かのために成長したいと思う人の伸び代は天井知らずだ。


今、彼の仕事は飲食店のホール業務ではなくなったが、全ての根源がここにあり、いまもずっと大事にされている考え方だと僕は思う。少なからず僕を飲食業に誘ってくれたこと、社長に誘い続けてくれたことの理由はここにあると思う。


誰かのために成し遂げたいこと・やるべきことが明確になった時、その原動力は大きく人を飛躍させる。彼と僕の仕事のスタンスで確かに共通する部分はここだろう。僕は気がつくまでに相当時間がかかってしまう一方、彼は未来予知しているかのごとく先回りできるという大きな違いはあるが、僕達にとって大切なものはいつも同じだ。


素直に、謙虚に、

誰かのために、行動し、成長し、貢献する。

その結果、達成して、獲得する。


文字にすると、その通りとしか思えない。

だが、そう在り続けることは難しい。

だがしかし、どんな仕事でも当たり前に大事なことだ。

知識・技術・経験は関係ない

「知識・技術・経験は関係ない」

彼は昔からそう言っていた。


「たぐっちゃん、プロのサービスマンに必要なことってなんだと思う?」


「ん〜。スマートな身のこなし?リッツのドアマンみたいな。後は何を聞かれても答えられる知識量とか、サービスの技術が高いことかな」


「いいや、それは最低限のマナーって感じかな。

人柄だよ。心がある人。思いやりがある人がプロとして活躍し続けられるんだよ。」


「ほぇ?それなら新人の僕でも素質ありそうね・・?」


「うん、だから誘ったんだもん。

動きの正確さはロボットのほうが、知識はパソコンのほうが上。そういう意味では、人間が可能な知識・技術・経験はいつかそれなりのレベルで大勢が横並びになる。


そうなった時、『こいつと働きたい』『この人にサービスしてほしい』って選んでもらえるかどうかは『人柄』でしかない。

『俺の動きスマートだろ?』ってイキってるサービスマン嫌じゃん(笑)自分のために成長する奴はそうなる。人のために成長したい奴はいつまでも目の前のお客様を大事にする。仲間を大事にする。だから求められ続けられるんだよね。


どんな仕事でもそれって大事だと思うんだよな。

だから、俺は初期の知識・技術・経験はあんまり気にしないんだよね。」


どんな想いを胸に「仕事」をするのか、

なんのために「知識・技術・経験」を必要とするのか?

「なぜ?」が大事であり、それが「人のため」である人は、どんどん勝手に成長し、必要に応じて「知識・技術・経験」を得ていく。


サービスマンの数だけ、お客様の数だけサービスの形がある。

正解はない。

日々無限の可能性の中から瞬時に判断と行動を繰り返す。接客業はその結果をリアルタイムに受け取れる職業だ。後悔しても「ああしておけばこうなったのに」という別の世界線をみることはできない。


だから、できることはお客様のためにベストを尽くすことしかないのだ。

ベストを尽くし、結果を受け取り、良い悪いの経験を積み重ねながら、限りなく正解に近づける、その可能性を上げる努力をするしかない。


思えば、それは業種業態問わず大事なことの一つだと思う。

(誤解のないように伝えると、知識・技術・経験がいつまでも備わらなくていいということではない。現状維持は存在しないし、そのままでよいとは一言も言っていない)

仕事の本質は「感動」

フレンチレストランで働かせていただくようになり、高校時代は意味不明だったお土産のソムリエナイフを携えて、僕はワインの知識やサービスもそれなりになった。2年目を過ぎた頃、「田口がいるなら、早上がりさせてもらおっかな♪」とマネージャーが言ってくれるくらいに成長し、信頼を得ることができた。しかし、僕はある壁にぶつかっていた。


「カクテルが作れない」ことだ。


カクテルの注文は稀ではあったが、「お酒つくれるのかっこいいね〜」と人ごとのように彼を眺めていただけだったことを悔やみ始めていた。お酒が苦手で興味もないことをいいことに、学ぼうとさえしていなかった。


僕はホール業務が板につくにつれて、お客様のご来店からお見送りまで、全て責任をもってサービスしたいという思いが強くなってきていた。


ある日、僕がご案内したお客様からオーダーをいただいた。

「マティーニとブラッドオレンジジュースお願いします」


僕は彼の元へ急いだ。「すいません!マティーニのレシピなんだっけ?」と聞くと、「もうやってる!!いいからお前はjus d'orange(オレンジジュース)の用意して。えとね・・・38秒後に仕上げて」


マティーニを彼が作り上げるのとピッタリにオレンジジュースを用意してお客様に提供した。そのお客様のお見送りまで、ホール業務で彼の手を借りたのはマティーニだけだった。


そのことが悔しすぎて、僕はフレンチレストランを卒業し、バーテンダーの見習いバイトを始めることにした。みんな快く送り出してくれた。苦手なお酒を勉強するには働くのが一番だ。



数ヶ月後、一通りバー業務を覚え、レシピも頭に入った頃、僕は彼を訪ねた。


お互いに同じカクテルを作ってみることにした。たしかその日はジントニックだったと思う。(同じような屈辱を何度も味わってきたので少し記憶が曖昧です・・)


出来上がったものは別物だった。

僕のはジンとトニックとライムが混ざったもの。

彼のはジントニックというカクテルだった。


氷選び、氷の組み方、各材料の温度、ライムの味、ジンの種類、トニックのメーカー、製造年月日などなど…全て加味した上で、味を決めるのだと言う。


それだけではない。

その日は暑い晴れた夏の午後だった。彼の家まで駅から徒歩10分くらい。僕はまだ少し汗ばんでいた。お酒は強くない。酸っぱいのは嫌い、だけど爽やかな感じは好き。ピールのタイミングから皮目の向きなど様々な要因まで考え、「僕にとって」飲み始めから飲み終わりまで美味しいジントニックになるように仕上げるのだと言う。


バケモンか!?

レシピを覚えていることを「作れる」と言ってしまいがちだが、「作れること」は似て非なるものである。


「まねできるわけないじゃん」そう言えれば簡単だった。

でも、彼のつくるカクテルは完璧だった。

その時、その瞬間に居合わせた僕のためだけに作ったカクテルだったからだ。ジントニックが美味しいことはもちろんだが、その背景にある気配り心配りが、嬉しいなと感動した。


やはり「人」か。


カクテルを作ること自体が仕事ではない。

カクテルを通して生まれる感動こそが仕事の本質なんだ。

そう思うと「できるようになりたい」しか頭になかった。


彼も見習いの時、同じ経験をしたのだという。

悔しかったが、おかげで現在地の把握と理想との乖離が明確にできた。バイト先で基礎を学び、彼のもとで理想とのギャップを埋める修行を繰り返し、スキルを上げた。

自信は持て。でも過信はするな

学びと修行が形になってきた頃、彼と仲間数人とで「本格フレンチが食べられるバー」を出店することになった。


思い切った決断だったが、この日のために修行し貯金をしてきた。人生一度きりだし、彼とお店を持ってみたかった。高校生の彼が語った「いつか店だそうな!」のメンバーにまさか本当に僕がいるとは思わなかったが、こうして夢が叶ったのだ。

今では貴重な彼とカウンターに並んでバー業務をする日々が始まった。

(うん、いい思い出だ。)


提供するお酒にまだ自信が持てずにいた僕を見て彼が言った。


「せめて自信もって出せよ。『おいしいかどうかわかりませんが・・・』って顔で出されてたら、たとえ美味しくても不味く感じるわ。いいんだよ自信もって出せば。『あなたのために一生懸命作った自信作です!』って出されたほうがまだ気持ちがいいでしょ。

何を飲むかより、誰にどう作ってもらったかも大事だよ。


だから、自信持って出せばいいんだよ。

お客様に関係ないでしょ、お前がまだ自信がないなんて。

なんのためにお酒作ってんだよ。

お客様にお酒の席を楽しく過ごしてもらうためだろ?

自信がないのは仕方ないけど、顔に出すなよ。お客様の見えないところで大いに反省しなさい、そして腕を磨いておきなさい。」


ごもっともすぎて返す言葉を失った。

彼は続けた。


それに、お前はお客様の数だけ正解を考える奴じゃん。あの時のジントニックまだ根に持ってるんでしょ(笑)?同じもの出しときゃいいやって思うような奴じゃないから、お前の中での『自信』はいつまで経ってもこねーよ。十分なもん作れているから、過信はしないで、自信持って出せよ」


相変わらず殴ってから抱きしめるのが上手なやつだ・・・

その日から僕は自信をもってお酒をお出しすることにした。


これはバーテンダーでも社長でも同じく大切なことだと思っている。僕はもともと謙虚がいきすぎた自己肯定感の低い性格なのだが、「お客様には関係ない」のはもっともな話だ。社長ともなれば、お客様だけでなく社員や仲間のみんなへのマナーとしても必要なことだろう。

彼はチートキャラ?否、チート級に努力をする人 その2

仲間同士で作った秘密基地。

いつまでもみんなが笑顔で楽しく、仕事を仕事とも思わずに歳を重ねていける。


そんな夢の店のはずだったが、一人、また一人と仲間は去っていった。彼が直接集めた仲間たち。彼の親友もその中にいた。


最後には、僕と彼しか残らなかった。


ある日の閉店後、カウンターに二人、おつかれビールを飲みながら、

「・・・もう、店たたむか。たぐっちゃんどうしたい?」

「うん、いいよ。たたもう。君、辛そうだもん。」

こんなはずじゃなかった・・

とても悔しくて、悲しくて、

二人でしんみり泣いた最後の夜。


今でこそ、多くの人が彼を慕って近くにいてくれているが、彼にもこんな経験があるのだ。


当時、彼の背負った苦しみを同じように背負ってあげられたわけではないが、少なくとも彼が大きな挫折を何度も味わっているのを知っている。それ以外でも、これまでに悔しさを噛み殺し、涙を堪え、虚勢を張り、大言壮語を吐いてみせた彼を知っている。


その度に、這い上がり、大言壮語を現実にして、さらに高みへのチャンスに変えてきた。

本当に同じ24時間で生きているのかと疑うほど、彼は日々何かしらを成し遂げてきた。成果をあげ続けた。積み上がった課題を着実にクリアし、その姿がコンサルタントを仕事にする道を切り拓いていった。


誰よりもチート級の努力ができる人だ。

努力をしてきた人だ。

それを見せず、感じさせないだけで。


「よくそんなに頑張れるね。休んだっていいんだよ」

「別に。楽しいじゃん。」


努力を努力とも思わず、ゲームをしているかのように楽しんで攻略し、守りたい人がいれば無双し、大変そうなそぶりも見せず、男二人で朝までカラオケでストレス発散して、そのまま寝ずにどこかへ何かを成し遂げに出かけていた・・

うん、やっぱりチートキャラで間違いないかもしれない。


大切な人のために、守るべきものために、

彼は楽しみながら、茨の道を笑顔で進む。

親友だからこそ、甘やかしはお互い許されない その2

「迷惑かけた人が多いからさ、飲食からはお互い離れようぜ」

お店をたたみ、お互いそれぞれの道を歩みはじめた。


僕は日雇いバイトや派遣の仕事を渡り歩いた末に、小さな町工場が迎え入れてくださり、溶接工の仕事を始めた。彼はあの時掴んだチャンスを活かしコンサルタントとして活躍しだした。


町工場で3年半ほど勤務し、溶接工も板についてきたかと思っていた矢先、工場が倒産してしまった。年齢としては30代前半。タイミングよく彼が連絡をくれた。「久しぶり。代官山で店出すことになってさ、レストランなんだけど…」ということで2度目の合流を果たした。


忘れもしない、数年ぶりの再会は並木橋の交差点。赤信号の向こう側に手を振る彼の姿があった。信号が青に変わり、近寄ると2人とも半べそかいて再会を喜んだ。


2度目の合流も紆余曲折あり解散することを決め(この時も彼が全ての経済的責任を負ったが、彼のせいでは全くなかった)、またお互いそれぞれの道を歩むことにした。彼は相変わらず「社長やろうぜ!」「たぐっちゃんの好きなスヌーピーグッズ屋さんやったってええで笑」と誘ってくれていた。「会社作ってきたよ〜」とお菓子を買ってくるノリで本当に会社を作ってきたこともある。(会社名は「フライングエース」。スヌーピーの変装レパートリーの一つの呼び名)INSTYLEはこの頃から動き始めていた。


僕は相変わらず「社長はやだ」の一点張りではあったのだが、正直に言うと、彼の行うコンサルタントという仕事において、僕は到底役に立てるとは思えなかった。ブルーカラーの職歴ばかりの僕には、ホワイトカラーの要領が全く掴めないだけでなく、彼はすでに凡人の域にあらず、別次元の仕事をしていたからだ。「商売」という点で彼の役には立てないと身を引いた節もある。その頃にはまだ理解が及んでいなかったが、彼が求めているのは、そういうことではなかったはずだ。


解散後、僕はヨガ教室の裏方仕事をしていた。数年が経った頃、また彼が連絡をくれて食事をすることになり、焼肉を食べながらINSTYLEは大きな組織になっていることを知った。


「たぐっちゃんは何やりたいの?」


と彼が聞いてくれるので「カメラの仕事がしたい!」と希望を伝えた。

「おけおけ」と彼はカメラの仕事には困らない程、今のINSTYLEでは必要だからいいじゃん、と説明をしてくれつつも、しっかり話し合い、僕が即戦力でバリューの出せるバーテンダー(月給30万)からINSTYLEの仕事をスタートすることにした。


「信頼できるバーテンダー、君くらいしかいないから」という経緯もあるが、やりたいからやれるほど世の中甘くはない。「親友だからこそ」の厳しさはお互いにあの時のままだ。

彼の大事なものが、僕にとっても大事なものになっていた

バーテンダーになってから2年が経った頃、グループ内にあるお弁当事業「おふぃすごはんきぬ川」の商品撮影の仕事を彼が回してくれた。僕はバーテンダーの勤務時間外で商品撮影の仕事をこなしていた。


「おふぃすごはんきぬ川」は姉妹2人で、毎日4種類の日替わり弁当を作り、オフィスまで配達している事業だ。日替わりなので注文サイトは毎日更新する必要がある。今は自動更新となっているが、当時はWordPress内で情報を書き変える更新作業を行っていた。


当時、更新担当者のミスが多く目立っていた。慣れない人には少し難しい作業だったかもしれないが、それを加味しても連日ミスが続いていたのが気になった。(実際、難しそうなだけで、作業自体はコピぺするだけのことである)ミスは起きてしまうものだが、次はミスをしないように改善をすればいいのだが、一向にその兆しはなかった。


ミスを責める人はINSTYLE GROUPにはいない。だが、ミスを次に活かさないことや、凡ミスを繰り返すことは、仕事の姿勢としても、仕方としても良くないことはあきらかだ。


僕はバーテンダーをしながら、slack※で行われているそのやりとりを見ていた。「作業が『仕事』になっている」と違和感を感じた。仕事は「お客様の感動」にベストを尽くすこと、「仲間のために」ベストを尽くすこと。彼が話してくれた「料理を運ぶのが仕事じゃない」ということが頭によぎった。

(※slack:チームコミュニケーションツール)


毎日のルーティンでやりたくないのだろうか?

「なぜ私がこの作業をやらなきゃならないんだろう」って思っているんだろうな。

実際のところどう思っているかはわからないが、行動が僕にそう感じさせていた。


1時間も2時間もかけて、慎重に作業し3人で確認していると担当者は言っていたが、同じような凡ミスは無くならず、「改善しよう」という想いを僕は感じられなくなってた。


ある日、凡ミスが大きなミスを招いてしまった。サイトにバグが起きたのだ。

「エンジニアに連絡がとれない」という理由で、バグは翌日まで放置されたままになろうとしていた。「バグのことはわからないので、私たちの仕事ではありません」と言われているようだった。でも、バグは更新作業中に起きたのではないだろうか?


他人事すぎて悲しくなった。

INSTYLE GROUPが大事にしているものじゃないのではないか?

西村が望んだ「仲間」「ファミリー」「仕事」ではないはずだ。

きぬ川姉妹も「初めてこのサイトに訪れてくださったお客様に、不具合のある状態でお迎えすることはしたくない」と想いをぶつけていた。


仲間が困っている・・。

いてもたってもいられず、

僕は「すいません、WordPressのIDとパスを教えてもらえますか?」と担当者に伝え、バー業務を同僚にお願いし、バーカウンターの奥でWordPressの中を覗いてみた。


エンジニアでもない僕が力になれるかどうかもわからなかったが、ヨガ教室でのブログの経験から、HTMLのタグ「< >」のどちらか一つでも消すと画面が崩れるということだけは知っていたので、とりあえずタグを一つ一つ見ていった。きっと更新作業中のコピペミスだろう、それなら僕でも直せる。少なくとも僕が確認することで、単純なコピペミスかどうかはわかるはずだ。


不幸中の幸いか、タグが欠けている箇所を見つけた!修正し、バグを解消することができた。ひと段落終えたところで、僕はこの一連の違和感と、INSTYLE GROUPで大事にしてほしいことをslackで伝えることにした。


お客様のために仕事をしましょう。

仲間のために仕事をしましょう。

困っている仲間がいたら手を差し伸べましょう。

他人事ではなく自分事にして仕事に向き合いましょう。

ミスしたら次につなげるように改善しましょう。

自己判断しないで指示を仰ぎましょう。


こんな内容だったと思う。

これまで彼に叩き込まれた「仕事」を、

「彼が大事にしていることは昔から変わらない」と枕詞をおきながら、

僕も心からそう伝えていた。


彼と過ごした飲食時代、思いっきり叩き込まれたサービス精神。転々と職を渡り歩きながら、どの業種業態でも大事なことだと僕は身をもって実感してきた。今回のバグも同じこと。


大事なことは「人のため」

飲食でなくても、それを行動に現すことができた。

僕にも確実に根付いていた。


それがきっかけになったのか、「たぐっちゃん、来月からバーテンダーの仕事を卒業して、赤坂のオフィスに出勤しようか」と彼から連絡があった。


初めから社長もカメラの仕事も約束されていた訳ではない。

お互いにそこはきっちり線引きができている。


与えられた仕事はしっかりと、やるべきことはやりながら、彼が僕の中から「社長の兆し」を感じる行動がとれたことで、僕は「社長やろうぜ!」と改めて本腰をいれて声をかけてもらうことになった。「社長」「俺の右腕」「No2」「COO」の肩書きが僕につくことになった。


「カメラをやりたい」と人生3度目の合流をしてから2年半が経っていた。


仕事をする上で関係に歪みが出た場合、心のどこかで純粋な親友だけの関係にするという選択もなくはない。これも示し合わせているわけではないが。そうはなりたくない僕と、なんとかくらいついてきてくれと思っている彼がいる。

断り続けた社長に、僕はなる

彼がどんどん活躍していくことを僕は「君はすごいねー!がんばれーっ」と心から思っているし、ただただ喜ばしく見てきた。

INSTYLE GROUPは彼が歩んできた集大成のように僕は感じている。これまでの「社長やろうぜ」とは次元が違う。それでも彼は昔と同じテンションで「社長やろうぜ」と言った。


断り続けて20余年・・・

僕はとうとう、その差し伸べられた手を掴むことを選んだ。


「いい加減諦めろや(笑笑)お前は俺の右腕でいるのが1番輝いてるよ」

「そうだね」

と2人で笑った。


前述の通り、僕の半生はほぼブルーカラーで、ホワイトカラーの経験は無いに等しい。加えて、人の上に立つこともなく、マネジメントや経営という類の経験は全くない。

それでも、彼は昔と変わらず、満面の笑顔で「社長やろうぜ」と言った。



「仕事ができるできない」ではない何か、「親友だから」ではない何か。

ひとつ、確実に言えるのは、彼が見ているのは「人」だ。


「社長になったからって、やること変わらなくない?大事にすべきこと、やるべきことはいまと変わらないでしょ。だから言ってんの。やだやだって、人の上に立ちたくないって言うけどさ、君が一番社長は威張りちらかすものだと思ってない?」


大いに拡大解釈させてもらうと、彼が僕に求める「社長像」において、僕はすでに大事にすべきこと、やるべきことができていると受け取った。思い上がりになるのかもしれないが、確実に僕の背中を押してくれた。こうした遠回しなエールを送ってくれるところは彼の粋なところであり、僕は今まで何度も救われている。

出来もしない完璧主義者

僕はあれこれ考えすぎてしまいがちな性分である。よい方向に建設的に頭をめぐらせられればよいのだが、マイナスなことや足りていないことばかり考え、がんじがらめになってしまう。そのため、自己評価がずっと低いままだ。



その性格のことを彼が的確に表したのが前述の「出来もしない完璧主義者」だ。

あのさ〜。俺が認めてんだから、そろそろ自分に自信もってほしいんだよね(苦笑)」


上には上がいるし、比べればキリがない。

人にどう思われるかも気にしすぎたら悩みが尽きない。

一番の問題は自分の頭の中でしか起こっていないということだ。


アウトプットしたものに対する他者評価ではなく、悶々と頭の中でしか起きていないだけの「出来もしない完璧主義者」「まだだ、まだだ」と低評価を下し、アウトプットを妨げてしまう。

他の誰でもなく、邪魔をしているのは自分なのだ。


アウトプットをして、初めて世の中に変化が生まれる。満点の答案用紙も提出しなければ0点である。30点でもいい、頭の中から世の中へ発信するほうが断然良い。

迷った時は心地いいほうを選ぶ

判断に迷う時、「出来もしない完璧主義者」は猛威を振るう。答えが出せず、考え込み、時間ばかりが過ぎていってしまう。返事を待っている人にはいい迷惑だ。


(仕事半分、親友半分で話を聞いてもらいたい…)そう心でつぶやいていると、彼からご飯の誘いがきた。こういう場合、彼はいつもエスパー並みにベストタイミングで連絡をくれるというチートぶりを発揮する。(それも結局は、いつもよく見てくれているという努力の賜物なのだろう)


「まじで話を聞いてもらいたいと思ってたところ……」

「そろそろだと思ってたんだよね(笑)俺の予定珍しく空いてたべ?」


いつもパツパツに予定が詰まっている彼のカレンダーは、確かに僕とのご飯候補日になるであろう日程だけぽっかり開けてあった。


食事をしながら、

「君はなぜそんなに早く判断も行動もできるの?」

と聞いてみると、彼からは意外な返事が返ってきた。


「ん〜。それは俺が “どうせうまくいかないだろうな” って思ってるからじゃないかな」

「ほげ?」


「うまくいくかどうかなんてやってみないとわからないでしょ?でも、その時点で最善の判断をしてるんだよ。だから、俺は失敗したら必ず『ごめん、間違ってたわ』って言ってるでしょ?そんで、間違ってても取り返しができるように速攻で判断して早めに動いておくんだよ。」


彼でもうまくいくかどうかなんてわからないのかと度肝を抜かれた。まぁ、「西村さんが言うんじゃ仕方ない」と周りが思えるくらいに、彼は努力と準備で臨んでいるわけなのだが。


「とはいえ、うまくいくように考えないといけないじゃない?それに時間がかかってしまうんです・・・」と僕は続けて聞いてみた。


「うん、だから、失敗ビビりすぎなんだよ。でたよ、出来もしない完璧主義者(苦笑)それやめなって。


それとね、心地いいほうを選ぶかな。


理屈で判断したことが失敗したら後悔は大きいけど、自分が心地いいほうを選んだら後悔は少なくて済む。失敗したことは悔しいけどさ、やりたいことはやれる。だからそれを次は失敗しないようにしていけばいいって思えるじゃん」


彼と僕の判断基準には雲泥の差があるので、アドバイスを今の僕がそっくりそのまま真似することは危険だが「それでいいんだな」と物事をシンプルにしてくれた。そして心底納得した。


なぜなら、彼の言う「心地いい」「業種業態問わず大切なこと」、つまりは「人のため」だということを僕は知っているからだ。


そして、それを僕も心地いいと思えるからだ。

大切な人、そのまた大切な人くらいは守れるように

彼は人が好きだ。

「性格は悪いけど技術だけは一流」みたいな人で周りを固めようとしたことは今まで一度もない。

それは昔から変わらない。


皿もろくに持てなかった僕に「なーなー、店だそうぜ!」と無邪気に言ってきた、あの日の彼が、今のINSTYLE GROUPの軸となり、核であると僕は思う。

ハウスルールに彼らしい一節がある。


Pride

君たちファミリーを誇りに思う俺がいることを

いつも忘れずに

大切な物を守れるプライドを

職人はプライドにかけて営業をホラ吹きにしないこと

営業は職人のプライドを安売り安請け合いしないこと


「彼が会社を続ける理由」「人」にある。

エアレース、社員旅行、エックスゲームズ、サマーミーティング、忘年会などなど、常軌を逸した規模感で社内交流が行われる時、彼が見せる笑顔は高校1年生の時と変わらない。

お菓子を買い込んでゲームを一緒にしていた時と同じ笑顔をしている。あの時買えなかったおもちゃ付きのお菓子を大人買いするかのように、心から童心に返って、とんでもないことをやってのける。

みんなで一緒に楽しむことが好きなのだ。


共に過ごす仲間たちと、プロフェッショナルを目指しながら仕事に打ち込み、成長しながら、遊ぶ時は思いっきり遊ぶ。


そして共に過ごす仲間には十分な投資をする。

みんながそれぞれのやりたいことでプロフェッショナルを目指し、社会で独り立ちできるように、大切な仲間を守りながら、日々の成長を願っている。仲間の一人一人が大切な人を守れるようにと、願っているのだ。

お願い申し上げて働いていただいてねえ

同時に、この言葉も彼はよく口にする。「人のため」「人が好き」と言っていることと、一見矛盾しているかのようなこの言葉。「 “働いてもらっている” って意識がないのか?」と受け取ってしまう人もいるだろう。

この言葉の裏には大きな愛があると僕は思っている。会社、その代表である西村、仲間、それぞれが信頼と尊敬と敬意と感謝の気持ちを持って集まっているという絆を信じているがゆえの言葉である。

だから彼は誰よりも「ありがとう」を言葉にするし行動で示す。

居たいからここに居る仲間でインスタイルは成長する。やりたい奴がやりたいことで活躍する集団を目指す。わざわざ「お願いします。うちで働いてください」なんてことは必要ないのだ。

居たくないなら?不平不満があるなら?
大事なものを守るために不協和音は排除するべきだ。
お願い申し上げて働いていただきたいわけじゃないので、「あなたの幸せがここではないのであれば、どうぞ他所へ行ってください。あなたが望む人生の選択を尊重します」というごくごく自然なことである。

言うならば会社と社員が相思相愛で、「ここが好きだからいる」というフラットでシンプルな関係が望ましい。

人として

「ビジネスで大事なことは業種業態問わない」と社長になる少し前のMTGで彼が口にしていたのをメモした。その本質は「人として」にある。人に喜んでいただくこと。会社とは社会に貢献する団体。「社会」なんてひとくくりにするとブレそうだが、その中に一人一人の「人」がいる。たった一人を喜ばすために何ができるか?何をするのか?その延長線上にビジネスがあるのだと思う。


サービス業で学んだ「目の前のお客様にベストを尽くす」、そして「お客様に感動を」。ここがビジネスの根本であり本質だと彼と過ごした日々が強く結びついている。「目の前にいる人」だけ切り取れば、上司、部下、お取引様、仲間などなど周りの人全てが含まれる。業種業態を問わないことを、僕は肉体労働や日雇いバイトの経験を経て至極納得できている。


「当たり前のことはできて当たり前。でも意外とできてない人が多いよ。当たり前のことを誰よりもやりきるのがプロ」と彼は言う。言うだけでなく、彼は行動で背中をみせてくれる。


「遅刻しない」「元気に挨拶をする」「ありがとう、ごめんなさいを言う」「言い訳をしない」「事前に準備をする」「ベストを尽くす」「反省し改善する」「いただいたものに感謝する」「傲慢にならずに謙虚でいる」「自信は持っても過信はしない」「困っている仲間がいたら手を差し伸べる」「雨が降りそうだから傘を持つ」などなど。


言葉にすると「当たり前」だが、会社では?仕事ではどうだろうか?うん、彼の言うとおり当たり前って意外とできてない人が多い。僕も含めて。


「凡事徹底」「一事が万事」小さなことでもその積み重ねの上に、圧倒的に結果を出している今の彼が在るのだから、説得力しかない。こうした当たり前のことを当たり前にやり切るプロになるために、今日も僕は脳みそと心に汗をかいて、一歩一歩、唯一無二の社長になるために成長させていただいている。



全ては投資。

お金、時間、環境、知識、技術、経験、仲間、やりがい。

いただいているものが多過ぎて、彼には感謝しかない。

それなのに、彼は誰よりも「ありがとう」と言う。

いやいや、こちらこそなんだってば・・と心の中でいつも思う。


思うだけでも、言葉で伝えても足りないから、僕は恩返しができるように、仲間やお客様に貢献できるように、投資に応えられるように、成長し結果を出したい一心だ。


「たぐっちゃんは何やりたい?」「カメラ!」と、グループインに誘ってくれた会話の時から想像もしていなかった仕事内容で、せっかく彼が作ってくれた新オフィスの撮影スタジオに、あまり居られない今としても。

良きタイミング、良き言葉を、繰り返し伝え続ける覚悟

「何度も同じこと言うの飽きたんだけど」

と彼に言わせてしまうことがよくあるのは申し訳ないことだが、結局彼はことあるごとに繰り返し何度も指摘をくれる。


「全ては投資」というように、彼は現時点でのスキルや能力で判断することはない。社長を目指している人には、「もうこれくらいはできるようになってなきゃダメだろ!」、キャリアアップを望んでいない人には「ここだけ徹底してくれていればいいよ」など、目指すキャリアによって、そして人ぞれぞれで伝え方・伝えるべきことを柔軟に使い分けている。


こと、成長ということにおいても人によって速度は様々だ。今できていないことで厳しく当たるのは、仕事への向き合い方、思考停止していないか、筋が通っているかなど、姿勢の部分であって、能力不足を否定することはあまりない。


そんな彼も昔からそうだったかというとそうではない。


フレンチレストラン時代、若いアルバイトの子が何度同じことを言ってもできるようにならない、ということがあった。彼は業を煮やして「何度も同じこと言うの嫌なんだけど・・たぐっちゃんよく平気だよな」と言ったので、


「まだそれをできるようになる余裕がないだけだよ。余裕がないのはテンパってるんだよ。テンパってるってことはちゃんとやろうって思ってくれてる証拠じゃん?僕はテンパるほうなので、気持ちがよくわかるよ苦笑」

「心から尊敬するわ〜」


そんな言葉が出るくらい、当時の彼は人の成長を待てなかった。自分がやったほうが早い、自分がやったほうが確実、そう言って自分ばかりが奔走していた。



あれから20余年、彼は人それぞれの成長を待ち、自分では手を出さずに経験させるようになった。


それはひとえに、彼自身の成長とも言えるが、彼が今INSTYLE GROUP一人一人の人生の一端を担っているという覚悟の現れだと僕は思う。一人一人と向き合い、経験から学び、反省と改善を繰り返し、成長できるようコミュニケーションをとるようにしている。


闇雲にダメ出しをするのではなく、適度な距離感で見守りながら、喉まで出かかっているだろうに時にもグッと堪えて、その人が成長するタイミングで、その人が理解しやすい伝え方で、その人が腹落ちするように言葉を尽くして、同じようなことを繰り返し伝えるようにしている。


「全く西村さんの承認がとれない・・・」そんな時こそ、「全ては投資」であることを思い出してほしい。

仕事の原点は「人のため」

そろそろしつこいと思われるかと思いますが、大事なことであり、これだけは伝わってほしいので、繰り返し様々なエピソードで触れてきておりますが、いい加減まとめにはいりますのでご容赦ください。


「大事なことは業種業態問わない。」

彼がどの会社でも伝えている言葉。

その一言には様々な意図があるのだろうが、僕が感じるのは、


「人として正しいことする」

「人のために」

「ベストを尽くす」

ごくごく当たり前のことに帰結する。

普通に考えればわかること、普通に考えれば一番大事なこと、彼はその軸に軌道修正してくれることが多い。


売上、コスト、損益、昨対、競合調査……

いろーーんなそれっぽいことを準備して、okもらえると思いきや、一言、


「これ、誰が喜ぶの?」

「………!?」


「これ、ほんとにやりたいの?」

「ほげっ!?」


「これどおりになればいいよねって思うだけで、これどおりになるわけなくね?」

「はい……」


「普通に考えればわかることなのにな〜〜ニヤリ」

「ぐぬぬ・・」


たった3つで痛感する。

日々の業務に追われると、作業が仕事になってしまういい例だ。それっぽいこと(大事なことにはかわりないが)で理論武装、不確定要素をあたかも確定要素のように都合よく考えてしまい、当たり前を忘れてしまいがちだ。


大切なことは、

「誰かのためになること」

「たった1人でも幸せにすること」

こんな根本的なことが、ごっそり抜け落ちてしまっていることに気づかされる。


「寝て起きたら会社があったわけでもなければ、ホームページもメルマガも店舗もSNSもあるわけでもないじゃんね。たまたま今は揃っちゃってるけど。

必要だと思うから1つずつゲットしてくんじゃんね?


その段階で伝えたい想いがあるはずでしょ。届けたい人へそのツールならもっと届けられる、手にとって喜んでもらえる、体感して感動していただけるって思うから、ゲットするんじゃんね。


そういうことが先。

全ては発露の問題で、その精度を高めるためのツールでしょ?

それ踏まえて、一貫性のある戦略戦術の話をして。」


「はいっっっっ!!!」


社長だから直面する問題だったのか?

いいや、彼は昔から大事なことは変わっていなかった。


「俺たちの仕事は料理を運ぶことじゃないんだわ。感動していただくこと。知識も技術も経験も、そのための最低限のマナーとして身につけておくものであって、それ自体が仕事じゃないよ」


20歳が言う言葉じゃねぇと思いながらもなんの疑いもなく深く腹落ちし、いまでも心に刻まれている。


彼は大事なことをいつでもブレずに判断の軸としている。


会社経営全てにおける知識・技術・経験を兼ね備えてもなお、それに溺れることなく、使われることなく「人のため」にツールとして使いこなす。



紆余曲折あって、INSTYLE GROUPにビジョンがおかれた。


「ハッピーエンド」


そこの中心にあるのは他でもない。「人」だ。

彼らしい、最高のビジョンだと僕は心から思っている。

僕のハッピーエンド

最後はやっぱり、チートな親友へ恩返しをしたい。僕がここにいる意味を「親友だから」で終わることなく、みんなから認めてもらう存在になることが、一番の恩返しだと思うから。


彼の背中が見えてきたなーと感じたと思えば、余計に遠く遠く先を歩いていることに気づかされる。彼に追いつくのは今世では難しそうだ。(来世でも危うい……)


彼の背中は遠く霞んで、どれくらいの距離が離れているかわからないほどになっている。

だから、逆を言えば僕には、伸び代しかない。


社長という役割を選んだ僕は、

日々、挫折と恐怖に負けないよう、

できることをひとつ、また一つと増やすだけである。


断り続けた「社長」

「偉そうに言ってるけど、お前できてないじゃん。」と心の声が常に聞こえる。

見習い気質で、自分のペースでコツコツ積み上げていきたい僕の性格をわかった上で、彼は僕を「社長」にした。


うまくいかなかったら?

あのまま平凡でいたらよかったと思うだろうか?

彼を責めるだろうか?

それは絶対にない。

待っている人生に、彼は手を差し伸べてくれたに過ぎない。選んだのは僕自身。

僕が僕らしさを価値に変え、彼の、そして彼の集大成であるINSTYLE GROUPみんなの役に立てることができればと願う。


「俺の右腕」どころか「小指の先」ですら怪しい今でも、彼はなんの曇りもなく「俺の右腕」と世界に向かって言うのだから。それに応える以外思いつかない。


その理由をスタンスで言うならば、

ベクトルが自分ではなく、「人」に向いている、ということになるだろう。


自分で言うのは歯がゆいけれど、

僕はその部分で信頼してもらえているのだと思っている。仕事において彼と確かに共通する部分、そして彼が僕に求めている「社長」の素質は、「人のため」に仕事をしたいということだ。

それこそが、まだまだ未熟な僕に、親友贔屓と言われることも恐れずに、集大成とも言えるINSTYLE GROUPで「俺の右腕」としてくれているのだろう。


僕はこれからも、様々な初めてを経験し、挫折し、それをなんとか乗り越えていきたいと思う。


「大人になっても一緒にいる時間増やすなら、一緒に仕事するのがいいじゃん。」


大勢の責任を背負って立つグループ代表の西村に、高校時代の「一緒に店出そうぜ!」と言う無邪気なぴょんが重なる。


孤軍奮闘で苦しい時期を乗り越えてきた彼を知っている。

親友であり、仲間であり、よき上司であり、よき同僚である彼が、

築き上げた集大成のINSTYLE GROUP。


僕がグループインする前から、彼の側にいてくれた社長の皆さん、

今、ともに働いている仲間のみなさん、

感謝の気持ちを込めて、同じ時間や空間をファミリーとして過ごせていることを光栄に思います。


何年後にこんな会話をするかわからないけれど、

あの日、差し伸べられた手を取ったことを、

出来もしない完璧主義者の僕が、

親友であるぴょんに「誘ってよかったでしょ?」なんて言えるその時まで。


そして、「お前がいてくれてよかったよ」と彼と笑いあえる未来に向けて。


今も未来も幸せに成長させていただくのみです。

今日も一日頑張ります。