加山 賢太 - Kenta Kayama
CEO INTERVIEW - Margotto e Baciare
- シェフを目指したきっかけを教えてください
昔から30歳で、絶対シェフになるって夢があって。それでそこに向かってずっと修行して。なんか、ガキの頃からの夢だったんで。料理をするっているのが。
生まれは洋食屋の息子で生まれて、ずっと父親の背中を見て育って。まあなんか単純に、すげぇカッコいいと思ってて。
ガキの頃に父親が作った料理が、湯気ガンガン上がってうまそうで、それをお客様が終わったらお皿が帰ってきて超ピカピカで、「親父って魔法使いなんじゃないか」って本気で思ってた時期がありました。
小学校低学年、くらいかな?2〜3年生くらいだったと思います。よくお手伝いしてたんですよ。お店が遊び場みたいになっていて、小学校から帰るとそのままお手伝いしてましたね。両親がずっと働いてたんで、家にあんまりいなくて父親も。だからもう、お店が遊び場みたくなって。
16席くらいの小さい店で母親と二人でやってる洋食屋です。ただ広島で考えると、ちょっと価格帯は高いと思います。今でもやってるんですけど、ハンバーグとかカレーライスとか、オムライスとか。マジでうまいっすよ。
それで料理が好きだし、普段からも美味しい食事に触れ合う機会がすごく多かった。で、美味しいものが好きだったっていうのがずっとあって。
ただ僕は中学生くらいかな?スノーボードにハマってしまって。小さい頃からスキーとかスノーボードはやってたんだけど、もうドはまりして。中学校、高校は夏でも冬でもずっとスノーボードしてて、一時期ほんとプロ目指してました。
ハーフパイプ系のスノーボーダーずっとやってて。であるとき、尾てい骨の骨折をきっかけに、もうこれは趣味で置いておこうみたいな。で、やっぱり親父も料理やってるし、もともと料理したかったんで、18歳で調理師学校に通って、二十歳で東京に出てきました。
- なぜ東京を選んだのですか
元々父親が東京でお店をしたかった人なんですよ。うちの父親は脱サラで料理を始めて、小さい喫茶店から始めて今の洋食屋をやってって。そういう話を子供の頃に聞いてるときに、「親父の夢叶えに東京行こう」みたいなのがきっかけです。
てか、東京しか考えてなかった。親父めっちゃかっこいいですからね。めっちゃ好きですよ。
- 修行時代はどんな経験でしたか
修行中はやっぱ、働く時間がとてつもなく長かったし、求められることができないことの方が多いし。やっぱそういう自分が嫌になっちゃうし。先輩方がほんとに厳しい職場だったんで。
本当にここじゃ言えないくらい辛い経験をしてきました。何回も逃げ出したかったんですけど 笑
まあ「逃げてもやることねえから」ってことで、もう超頑張りました。マルゴットを始めてからは、そんなふうに思ったことは1回もないですね。
フランス料理のレストランで5年、日本料理の店で3年、その後もフランス料理のお店を3軒ほど働いて、今のマルゴットです。
- トリュフに特化したレストランをやろうと思ったきっかけは
トリュフのレストランを一緒にやろうって言われたことがきっかけで、最初は戸惑ったんですよ。トリュフか…って。
トリュフにフォーカスしたお店って世の中にあんまりなかったし、自分が持ってるスキルでどう表現していこうかってことが、最初はすごい難しかったです。今でこそ増えたけど、その当時はトリュフをお客様が丸ごと購入いただいてっていうのは、なかったんで。すごいチャレンジングな店作りになるなっていうので、楽しかったですけどね。
トリュフってすごく面白い食材で、調理法や料理のスタイルによっていろんな表情に変わっていくんで。だからこそ飽きないし、まだまだ可能性があるなって感じています。
- マルゴットならではのこだわりを教えてください
テーブルごとのオートクチュールっていうのはすごく大事にしてる一つのキーワードです。
普通レストランって営業前にその日のメニューってだいたい決まってるんですけど、うちの場合はほんとに変わってて。
例えば、20歳の子が来るテーブルと70歳の男性が来るテーブルも同じ料理を出すのが普通なんですよね。でも同じ料理を出すのってなんか違くね?っていうのがあって。
メニューには食材の表記しかしていなくて、だから営業中にすごい料理を変えます。例えば帆立貝って書いてあったら、帆立貝の料理はこういう料理を作るよっていうのを決めてるけど、テーブルごとにどんどん変わっていく。
あとお客様が飲まれているワインにできるだけ合わせていきたいのもあります。白ワインの人もいれば、最初から赤ワインでいく人もいるんで。そういう人にもなるべく、もっと喜んでもらいたいから、ソムリエと話しながら「こういうテクスチャーのワインだったら、ソースをこういう感じでいくわ」とか。そのライブ感がマルゴットのいいところだと思っています。
この考え方は、修行時代に日本料理の世界にいた経験がすごくでかくて。対面でお客様に合わせて献立を組み立てていくっていうスタイルに触れて、食事ってこうあるべきだよなって感じたのがベースになっています。
- お店はご兄弟と一緒にやられているんですね
そうです。今のお店も一緒にやってます。
弟のほうがしばらくフランスで修行していて、日本に帰ってくるタイミングでうちにアルバイトで入ってたんだけど、そのままずっと一緒にやる感じになって。もう約10年くらい一緒にやってます。
- 大切にしていることはありますか
仲間を大切にしてます。
友人もそうだし、一緒に働くスタッフもそうだし。それくらいかな?それは本当にぶれないところかな。
- 今後やってみたいことはありますか
白トリュフといえばイタリアのアルバなんですけど、実はまだ行ったことがなくて。
トリュフのシーズンとお店が一番忙しい時期がかぶっちゃうんで、なかなか行きたくても行けなくて。でもみんなで、絶対行こうなっていう話はしています。
産地に行って食材と向き合うっていうのはやっぱりやりたいですね。
- プライベートの過ごし方は
家でもめちゃめちゃ料理します。
ホームパーティーもよくするし、誰かの家に行って料理を作ることもあります。娘のひな祭りの日とかも、昼から買い出し行ってガッチリ作りましたよ。
スノーボードも毎シーズン必ず行っていて、ついこの間も新潟行きました。でも行けても3回とか。
あとは旅行、ワイン、音楽も好きです。音楽はテクノもヒップホップも幅広くて、フェスにも結構行ってましたね。ハワイに店があったんで、そのときは深夜便でラスベガス飛んでプールパーティーに行ったりとか。結構やんちゃしてました 笑
- インスタイルグループとの出会いを教えてください
西村さんはずっとうちのお客様で、すごい不思議な人だなっていう印象を受けました。
いつもカウンターに座られるんだけど、本当に美味しいのかな?って、美味しいって思ってくれてるのかな?って。あんまりよく喋るタイプの方ではないんで、不思議な人だなってのはあって。
あるとき、「ボルドーに城を買った」みたいな話を聞いたんですよ。「なにそれ?!」ってなって、つい「え、なんすかそれ?」ってなって 笑
「いや、城買ってさ〜」って見せてくれて、庭にブドウ畑があってワインを作ってっていう話を聞いた時に、なんかすっげえ面白い人だなと。
そこからハワイのお店でご一緒したり、日本でも食事に行くようになって、グループインする前から仕事の相談もするようになって。こんなの言ったら絶対怒っちゃうんですけど、西村さんのことはもう、かっこよくて頼れる兄貴みたいな感じで、何でも喋ってて 笑
そうこうするうちに「俺と一緒にやんない?」って話をいただいて。最初は絶対嘘だろうと思ったんですよ。
でも西村さんが「俺は明確化、加速するための×10とか×100って係数だから。君が-1だったら-10とか-100になっちゃう、+3だったら30とか300になるよ。俺の使い方気をつけて」って言うから、それって僕次第で「持ってる力を5倍でも10倍でも100倍にしてあげることができる」ってことですよね?かっこよ〜!って 笑
この人と一緒になんか仕事すると、自分だけじゃ見えない景色が絶対見えるなってすごい感じて、今に至ります。